日野紗里亜 (国民民主党)

2025年4月16日・第217回国会 衆議院 文部科学委員会 第8号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 279 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 362 発言)

国民民主党の日野紗里亜です。

質疑の機会をいただきまして、ありがとうございます。

さきに質疑された先生方の本当に様々な観点、そして鋭い質疑が、私も大変勉強になっております。

では、入ります。

公立学校の教員の給与は、いわゆる給特法により、現在は、残業代が支払われず、一律で月給の四%が上乗せされる仕組みです。本改正法案では、教員の処遇改善のため、六年後までに一〇%に引き上げるとしています。しかし、一〇%に引き上げても、換算すると月二十時間ほどの残業分にしかならず、現実には、その水準を大きく超える長時間労働が常態化しています。

実際、国が上限とする月四十五時間を超える教員は中学校で七七・一%、小学校で六四・五%に上り、中学校教員の三人に一人が月八十時間に達する残業をしています。ほかの業界では、法定労働時間を超えれば割増し賃金が支払われます。労働の対価として残業代が支払われるのは当然でございます。

なぜ、教育現場だけは適用されず、無制限に働かされるのでしょうか。先生方は、日々、授業準備や子供たちの対応、保護者対応、学校行事、部活動指導、特別な配慮が必要な子供たちや不登校またその傾向がある子供たちへの対応まで、多岐にわたる業務を担ってくださっています。昭和四十六年に制定された給特法が時代の流れとともに定額働かせ放題と呼ばれる仕組みを固定化し、時間外労働の実態が直視されないまま、ブラックな労働環境が続いています。

なぜ教員の長時間労働がそういうものだとして放置され続けているのでしょうか。こう聞きますと、先ほど来、教職の特質性が繰り返し挙げられているかと思います。これは、職務上、専門性、自発性、自律性といった特性があるため、時間管理が難しく、残業代ではなく、職務遂行全体に一定の調整額を支払うという給特法制定時の理由につながるものだと思っていますが、私はこの特質性という言葉がそもそも不思議で仕方ないのです。

と申しますのも、私、以前は介護施設を運営しておりました。介護職もまた、人の命を預かり、人の尊厳に関わる特質な仕事で、専門性が高く、自発性、自律性を要する仕事です。

そんな介護職の方々が働く介護現場では、食事介助、入浴介助、排せつ介助という三大介助以外にも、分かりやすい例で申しますと、認知症の方の徘徊対応、そして夜間の急変、利用者間トラブルなど、突発的で報酬の対象外となる業務が日常的に発生しています。

そうした対応で時間外勤務、超過勤務が生じれば、事業者に報酬が入らない業務であっても、事業者は従業員に対して残業代、時間外労働に対する賃金を支払います。サービス外の労働に対しては、事業収入にはならないし、あなたが自発的にやったことだから、そこに関してはお給料は支払わないからねなんてことはないわけなんです。介護、福祉業界も大変給料が低い業界ではあるものの、働いた分は賃金を支払う、これは当たり前のルールでございます。

なぜ教員は特質性を理由にルールから外されているのでしょうか。時間で計れないから払わないではなく、時間で計れないほど大変だからこそ正当に支払うという考え方が私は正しいと思っていますが、これに対する大臣の御意見、お願いいたします。

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