損壊行為が、あるいは国旗を使った表現がどのような内心に基づいて行われたのかということを今問うたわけではないんです。
保護法益が国旗を大切に思う国民感情を守るということに設定をされている。そうなると、国旗を大切に思っていない国民の方がいらっしゃったとして、国旗を大切に思うということに違和感を感じている国民の方がいらっしゃったとして、その方々のその思いというのは保護の対象にならないということにほかならないんですよ。
繰り返しになりますけれども、国旗を大切に思うということが当たり前の日本人の感情なんだよということをこの法律は示してしまう、国家が国旗に対する感情を規定してしまう、そのことの重みというものを今問うたつもりでございます。
恐らくこれはこれ以上の回答出ないだろうというふうに思いますので、次の九ポツ、罪刑法定主義、明確性の原則について触れさせていただきたいというふうに思います。
今まで申し上げましたとおり、不快感、嫌悪感が感情であるということ、個人の主観、政治的立場、時代背景等によってその感情は大きく変わる曖昧なものであるということ、そのことをこの立法の中で明確に説明できていないということ、何が処罰の対象になるのかということについて、これは明らかに罪刑法定主義や明確性の原理に反するものであるというふうに改めて伝えておきたいというふうに思います。
同じ行為であっても、著しい不快を感じるか否かというのは、それぞれ行為が行われた場所やそのときの状況によって異なると。例えば、けがをした人がいた、緊急に手当てをする必要がある、国旗を切り裂いて包帯の代わりにして止血をした、そういう状況を見た方については、国旗を切り裂いたことに対する不快感というのはほとんどお持ちじゃないだろうと思うんです。ところが、切り裂く場面だけが切り取られる可能性がある、今、SNSでは。その切り裂く場面だけがライブ配信をされたとしたら、手当てをしているということは分からない。そうなると、それを見た人たちについては極めて不快に思う人もいるだろうというふうに思うんです。同じ行為であっても、それを見る場面であるとか時間帯であるとかということによって感情の沸き立ち方が違うと。ここがやっぱりこの法律の一番曖昧なところだというふうに思うんですね。
ストーカー規制法の話が先ほど出ました、ストーカー規制法を参考にされた。ただ、ストーカー規制法には何が不快な感情を与えるかということの具体的な例示がされている。ところが、本法案には例示がない、難しいというふうにしかおっしゃらない。この罪刑法定主義の下では、本来、条文に書き込むべきだということは多くの方が指摘をされているところでございますけれども、例示の不記載ということ、なぜ書かなかったのか、なぜ書けないのかということについて改めて、僕は立法の不備だというふうに思いますけれども、この点、答弁をいただければと思います。
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勝目康(自民)
この法案におけます保護法益についてでございます。
これは、国旗を大切に思う国民感情という社会的法益ということでございます。したがいまして、この法案二条一項に定める方法によって公然と国旗を損壊等した場合には、そのような国民感情が害されるという不利益が生じるという、こういう構造になっております。
なお、この法案の罪と同じく、ある種の社会的に共有される感情を社会的法益として保護するものといたしましては、例えば礼拝所不敬罪というもの、これが刑法百八十八条に規定がございますけれども、こうしたものがございます。この罪に係る違反行為があった場合における具体的な不利…
この発言のページ
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鬼木誠(立憲)
これも曖昧なんですよ。社会にどんな不利益が起こるかということについて、明確に国民の皆さんが、ああ、なるほどと思えるようなことの答弁がやっぱりこの間なされないし、今の答弁も分からないです、はっきり申し上げて。
私が懸念をしているのは、感情という曖昧なものを保護法益とする、そういう、そのこと、立法事実が乏しいまま議員立法で新設をする、しかも刑罰があると。こんなむちゃなことが先例化をしてしまうと、日本の法の支配を混乱させる、その危険性があるんではないかというふうに思うんです。感情を保護法益とする罪の拡張、罪刑法定主義の形骸化、空洞化にもつながりかねない。
…
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勝目康(自民)
本法案の構成要件でありますけれども、これはあくまでこの外形的な方法によるということは累次御答弁を申し上げているとおりであります。つまり、人に著しく不快又は嫌悪の情を催させるような方法により公然と国旗を損壊等する、これが構成要件に当たるわけでございます。
したがいまして、内心の自由に立ち入ってこの法案が、法律が適用されるという性質のものではございません。したがって、この国旗を大切に思う国民感情というのは、あくまでそういうその保護法益でありまして、この処罰規定そのものは、先ほど申し上げた客観的な、外形的な方法という、こういうものを構成要件としてこの法案が立…
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- (上の発言)
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鬼木誠(立憲)
損壊行為が、あるいは国旗を使った表現がどのような内心に基づいて行われたのかということを今問うたわけではないんです。
保護法益が国旗を大切に思う国民感情を守るということに設定をされている。そうなると、国旗を大切に思っていない国民の方がいらっしゃったとして、国旗を大切に思うということに違和感を感じている国民の方がいらっしゃったとして、その方々のその思いというのは保護の対象にならないということにほかならないんですよ。
繰り返しになりますけれども、国旗を大切に思うということが当たり前の日本人の感情なんだよということをこの法律は示してしまう、国家が国旗に対する感情を規定してしまう、そのことの重みというものを今問うたつもりでございます。
恐らくこれはこれ以上の回答出ないだろうというふうに思いますので、次の九ポツ、罪刑法定主義、明確性の原則について触れさせていただきたいというふうに思います。
今まで申し上げましたとおり、不快感、嫌悪感が感情であるということ、個人の主観、政治的立場、時代背景等によってその感情は大きく変わる曖昧なものであるということ、そのことをこの立法の中で明確に説明できていないということ、何が処罰の対象になるのかということについて、これは明らかに罪刑法定主義や明確性の原理に反するものであるというふうに改めて伝えておきたいというふうに思います。
同じ行為であっても、著しい不快を感じるか否かというのは、それぞれ行為が行われた場所やそのときの状況によって異なると。例えば、けがをした人がいた、緊急に手当てをする必要がある、国旗を切り裂いて包帯の代わりにして止血をした、そういう状況を見た方については、国旗を切り裂いたことに対する不快感というのはほとんどお持ちじゃないだろうと思うんです。ところが、切り裂く場面だけが切り取られる可能性がある、今、SNSでは。その切り裂く場面だけがライブ配信をされたとしたら、手当てをしているということは分からない。そうなると、それを見た人たちについては極めて不快に思う人もいるだろうというふうに思うんです。同じ行為であっても、それを見る場面であるとか時間帯であるとかということによって感情の沸き立ち方が違うと。ここがやっぱりこの法律の一番曖昧なところだというふうに思うんですね。
ストーカー規制法の話が先ほど出ました、ストーカー規制法を参考にされた。ただ、ストーカー規制法には何が不快な感情を与えるかということの具体的な例示がされている。ところが、本法案には例示がない、難しいというふうにしかおっしゃらない。この罪刑法定主義の下では、本来、条文に書き込むべきだということは多くの方が指摘をされているところでございますけれども、例示の不記載ということ、なぜ書かなかったのか、なぜ書けないのかということについて改めて、僕は立法の不備だというふうに思いますけれども、この点、答弁をいただければと思います。
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勝目康(自民)
明確性の原則に対する御質問でございます。
国旗の損壊に当たって人に著しく不快又は嫌悪の情を催させるような方法、これが構成要件であるというのはこれまで御答弁をしているところでございます。そして、これは、あくまで一般通常人というものを観念して、そこで判断するということであります。そして、まさに公判を通じて刑が確定していく中にあって、先ほど委員が御指摘になったようなケースというものであるかどうかというところは、これは当然、この判断をされていく中で、先ほど申し上げた著しく不快、嫌悪の情を催すものに当たるかどうかということが判断をされていく、これが刑事法に基づく…
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鬼木誠(立憲)
例示がないことが立法の不備ではないというふうに御回答、答弁なさいましたけれども、少なくとも国民の皆さんに対しては極めて不親切であることは間違いない、何が処罰の対象になるのか分からないですから。ここを明確にしてくださいということをお願いをしているわけです。しかし、この間の答弁では、違法性阻却も含めてですけれども、類似的に示すこと、明確に示すことがなかなかできないという答弁しか繰り返されていない。ここがおかしいと思うんですよね。
一般通常人を基準としてというところについても全然分からないんですけれども、一般通常人を基準とするということについて、判断を主観的…
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勝目康(自民)
ここで言うところの感情というのは、特定の個人の感情ではなくて、あくまで一般通常人ということでございます。そして、この一般通常人が基準として、国旗を大切に思う感情を害するに足ると認められるそういう方法であるかどうかと、こういう判断基準というふうになっているわけでございます。
この判断に当たって、これは、やはり刑事法規というのは個々の行為において適用されるものでありますので、そのまさに行為における、どのような、その一連の行為の過程で行われたのか、周囲の状況どうだったのか、こうした客観的な事情を総合的に勘案をして、社会通念にのっとって判断をされるということで…
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