福田達夫 (自由民主党)

2026年3月12日・第221回国会 衆議院 予算委員会 第10号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 22 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 293 発言)

ありがとうございます。

今大臣もおっしゃいました生産性を上げていくということでありますけれども、世界が変わる、社会が変わるということは、それに対して受け手というか出し手である企業側も、これはやはり今までの形ではいけない、形を変えなければいけないということだと思います。

どうしても我々は、生産性を語るときに労働生産性だけ語るんですけれども、これは何かというと、既存の形の中で頑張れというふうに社員さんに言っている。日本の場合は社長さんも率先して働くので、社長さんも労働者の範疇かと思いますけれども。そうではなくて、新しい形に変えていく、会社も新しい形に変えていく。車で例えれば、中古車のエンジンを一生懸命直しながら、手を加えながら、汗を流して社長もやるぞというふうにやるのではなくて、新しい、今の時代に合わせた、道に合わせた車に変えていく。そういうことを生産性と言うときに考える必要がある。労働生産性に対して資本生産性という考え方をもう少し我々は持つべきなんじゃないか、若しくは経営生産性と言ってもいいかもしれません、そういうことを考えなければいけないんじゃないかというふうにちょっと考えております。

しかし、その前提として、今大臣にも一番最初に触れていただきました、変化をチャンスと捉えるためにも、そういう企業を増やすためにも、しっかりと足下を固めるために我々がやるべきことは、先ほどおっしゃった価格転嫁だと思います。価格転嫁がしっかりできる、自分がやっていることにしっかり価値がつく、お金がつくと思える中小企業を増やすことによって、挑戦のための原資だって、また賃上げの原資を手にする、このことが大事であるというふうに思っています。

自民党では、実は二〇一四年に、中小企業・小規模事業者政策調査会におきまして、大企業の利益の従業員や取引先企業への、賃金そして適正な取引価格への還元、それをさせる仕組みの必要性というものを提言いたしました。十二年前であります。これが具体的に加速しますのが、その二年後の二〇一六年。当時の菅官房長官が、最低賃金を全国単純平均で二千円にできないかという内々の投げかけがきっかけでありました。同年九月には下請Gメンによる調査もスタートしましたし、また、官邸に関係省庁連絡会議が設置されました。動きが更に活発化しまして、その後十年にわたりまして、党と中小企業庁及び公正取引委員会とで様々な環境整備を尽くしてきたわけであります。

しかし、当初は、動きの割には成果が出にくかった。正直、最初にこの話を始めるときに、どういう名称にしようかと。価格転嫁という名称に落ち着きましたけれども、ここからなかなか動きが進みませんでしたし、正直、岸田政権が物価高には賃金という言葉を出していただいて初めて本格的に動き出した。これは三年前であります。十二年前に始めましたけれども、三年前にやっと動き始めた。このときは本当に政治の力というもの、政府の力というものを感じたところでありますが。

それが特に、一月一日に、先ほど橋本先生もおっしゃっていました取適法が施行されてからは急速に事態が進んでいるというふうに感じていますが、ここで政府参考人から、価格転嫁の状況、交渉率、転嫁率がどう推移してきているかを御説明ください。

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