國重徹 (中道改革連合)

2026年6月10日・第221回国会 衆議院 法務委員会 第19号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 63 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 198 発言)

要は、関連性を問わずに証拠の一覧表を提出させる、そういう制度は整合しない、また、標目の一覧表が、制度があるから足りるというような、要点を言えばそういうことだったと思います。

ただ、私が求めているのは、関連性を問わず何でもかんでも出させる、そういう制度ではありません。あくまで裁判所が主体になって、裁判所が必要と認める場合に、証拠の所在、輪郭を示す資料を取り寄せて、必要に応じて請求人側にも確認させる制度です。

職権主義とは、裁判所が審理を主体的に進めるという意味だと私は理解しています。裁判所が必要と判断して、資料を取り寄せて、請求人側に的確な証拠提出命令の請求とか主張の具体化を促すというのは、まさにこれは職権の行使であって、職権主義に反しないと考えます。

また、標目の一覧表というのは、先ほどもやり取りしましたけれども、裁判所の判断資料であって、弁護人は閲覧も謄写もできません。裁判所が見る資料があるということは、請求人側が証拠の所在を知る入口資料を持たなくていいという理由にはならないと考えます。

私は、あくまでも裁判所が、請求人がじゃないですよ、裁判所が必要と認めるときに、関連性を的確に判断するための入口を設けるべきだと言っているわけです。標目の一覧表だって、関連性があるところだけを出すわけじゃないじゃないですか。それよりも広い範囲を出すわけでしょう、裁判所でおいてすら。

であれば、本当に簡易な、証拠の所在とか輪郭しか分からない証拠の一覧表、しかも、関連性は広いと言っているわけですよ。相当な広さを持つと言っているのであれば、その端緒となる証拠の一覧表を出すということは、私は、これは何も職権主義を崩すものではなくて、裁判所の職権判断をより実施するものであるというふうに考えています。

その上で、ちょっと時間の関係で行きますけれども、再審請求者側の証拠の提出命令の請求をする際の証拠の特定というのは、政府は、請求に係る証拠を識別できる程度のもので足りるから証拠の一覧表は不要なんだ、このように繰り返し答弁をしています。

ただ、冤罪被害者とか、それに寄り添って、そのために闘ってきた弁護士、また学者、こういった方々は、やはりこれは極めて貴重な資料であって、必要なんだというふうに訴えられています。昨日の村山参考人もそのようにおっしゃっていました。

これについては、大臣、どのように受け止めているんでしょうか。

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