上村英明 (れいわ新選組)

2025年4月11日・第217回国会 衆議院 内閣委員会 第13号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 199 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 245 発言)

ありがとうございます。

今、政府委員の方から、AIの便益では効率化とか生産性の向上という言葉が聞かれたんですけれども、私も若干古い人間なので、そういう話を聞くと、一九九〇年代、小泉内閣のときだと思うんですけれども、アメリカからある種の成果主義というものが日本に導入された時期がございます。

この成果主義というのは何かというと、それまでの日本のビジネスモデル、例えば年功序列であるとか終身雇用というものが余り効率よくないと。その効率とは何かというと、コストをカットしないと企業はもうけが増えないじゃないかということで、こういうモデルが導入されたことがあります。

しかし、こうした成果主義のモデルというのは、この時期をちょっと超えた段階でやはり限界に達したというふうなことを言われております。

どういう理由からかといいますと、短期の成果に走りやすい、まず身近なところで成果が上がればそれはオーケーということになってしまう。それから、これは実は労働管理の中の人事考課に使われたんですけれども、御存じのように、日本のように人事考課が元々余りなかったような社会では、公正な人事考課ができるかどうか。これは、ここにいらっしゃる皆さんそうだと思うんですけれども、こいつにだけは人事考課させたくないよみたいな人が上司にいれば、人事考課をやっても逆にマイナスになっちゃうということもあり得る。それから、ある意味では、スタンドプレーが上手な人が成果が上がってしまう。そして、労働者の分断とか、むしろ移動が頻繁にできるようになれば離職率が増加するなど、こういうことがあり、どちらかというと成功しなかったという評価を受けられるのではないかなというふうに思います。

効率化とか生産性の向上という目標をどういうふうに考えればいいかというのが、ある種、今の時代の重要なポイントではないかなというふうに思います。

これでいけば、例えば、生産性の向上が社会に貢献する、さっき石井委員がおっしゃったように、私が、例えば正規の労働者として五日四十時間働いていたときに、AIが導入されたので私の仕事が三日二十四時間で済むということになります。その条件の下で従来の賃金と社会保障が維持されていけば、生活の向上です。ところが、企業が、例えば私が三日二十四時間従来の仕事をすればいいということになれば、当然、次の判断は何かというと、非正規雇用に移されるとか、ある意味では解雇されるということになる。

そういう意味では、この生産性の向上というのは、労働分配をどう考えるかというビジョンと一緒に考えていかないと、やはり、人を排除する、先ほど河西委員からもありましたように、人を排除するのではないかということにつながっていくのではないかというふうに思います。

新しい仕事が創造されるということも言われていますけれども、私なんかは、本当でしょうかと。どうしてかというと、僕らの世代には多分新しい仕事は回ってこない。これは、いろいろな技術が革新されれば、新しい技術についていける世代はオーケーかもしれないけれども、ついていけない世代は世代ごと排除ということになります。少子化の社会に貢献すると言われていますけれども、これも、少子化、少子化と言われている割には非正規雇用の労働者が増加している。何で正規雇用が増えないのかという問題を考えていくと、やはり労働の構造を、一緒にこの社会というのを考えていかないと、この生産性の向上という言葉の意味が結構むなしくなるんじゃないかなというふうに思うんですけれども、いかがでしょうか。

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