伊勢崎賢治 (れいわ新選組)

2026年7月9日・第221回国会 参議院 内閣委員会 第18号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 234 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 242 発言)

そのお答えはもう想定したとおりで、つまり拘束力がないからですね。拘束力ないというのは分かっているんですけれども、国際規範に唾を吐く必要はないです。よろしいでしょうか。特に、我が国のような国連主義を外交方針の中心として掲げる国は唾を吐く必要がない。僕は、これは逆行していると言っているんです。つまり、区別するなと言っている。物は物、人は人、それ傷つけられますよ。でも、そこに優劣を付けちゃいけないということを言っているわけ。それだけなの、国連が言っていることは。これが国際人権の基本です。よろしいでしょうか。続けます。

最後です。最後になっちゃいます。

これ、資料二を御覧ください。

これがその自由権規約、有名な二十条ですね。ちょっと耳が痛いと思いますけれども、差別、敵意又は暴力の扇動となる憎悪の唱道、唱道ですね、は法律で禁止する。これ、日本はこの規約をどの条項も留保することなく批准しております。つまり、明確な実害を伴う唱道の禁止を義務付けているんです。

しかし、歴代の政府は、表現の自由を言い訳に、この扇動を取り締まる法整備を怠り続けております。この問題は、この委員会で再三僕は指摘しております。そればかりか、集団殺害を予防するジェノサイド条約すら批准していません。これはG7で日本だけであります。そのG7の中で、この法案の趣旨説明にもあるように、国旗損壊罪がないのはG7で日本だけ。これは非常にミスリーディングですけれども、このジェノサイド条約を批准していないのは日本だけ、G7で。これは本当ですからね。こっちを覚えておいてください。これは本当ですから。まあいいです。

自らを法治国家と呼ぶのであれば、当然、国際法上の義務、扇動を取り締まる法整備、それとジェノサイド条約の批准はもちろん果たすべきだと僕は考えます。

一方で、本法案の第二条は、人に著しく不快又は嫌悪の情を催させるような方法という、これは受け手の主観的な感情、すなわち胸三寸を処罰の要件にしております。これどういうことかというと、まとめると、人命を扇動の結果の集団暴力から守るという極めて重大な保護法益の法制化は表現の自由を盾に拒みながら、我が国は、国旗に対する主観的な感情や敬愛の念というこの実態のない感情を守る保護法益のためにはいとも簡単に表現の自由を制約して刑事罰まで科す。これ、めちゃくちゃでしょう、これ。何なんですか、これ。めちゃくちゃです、これ。

国家が、表現の自由という、憲法上、そして国際法上の大原則を政治的都合で都合よく使い分け、弄んでいると言わざるを得ません。この決定的なねじれ、法務省はどう説明しますか。お願いします。

本法案は、この第三条において、表現の自由に配慮するふりをしていますね。ふりをしていますね。しかし、これは、今言った法的破綻を覆い隠すための、覆い隠すためのお飾りにしかすぎません。

提案者に伺います。

表現の自由と、今言った処罰すべき、つまり、集団暴力を生みかねない扇動の、扇動ですね、の境界線について法的な決着を見ないままこの法案を通すことは、人間の属性への、属性への集団暴力に法的な正当性を与えかねない極めて重大なリスクをはらんでいるのではないでしょうか。見解を求めます。

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