お答えいたします。
お尋ねは、死刑判決が確定した後、再審で無罪とされた、いわゆる免田事件、財田川事件、松山事件及び島田事件の四つの事件を指すものと理解しております。
まず、いわゆる免田事件は、昭和二十三年十二月二十九日、金品強取の目的で熊本県内の民家に侵入し、被害者二名を殺害し、別の二名に傷害を負わせた住居侵入、強盗殺人及び同未遂の事案でございまして、元被告人の方が起訴され、昭和二十七年一月五日に死刑判決が確定しましたが、その後に再審開始決定がなされ、昭和五十八年七月十五日、再審公判で強盗殺人等の点につき無罪が言い渡されたものと承知しております。
次に、いわゆる財田川事件は、昭和二十五年二月二十八日、金品強取の目的で香川県内の民家に侵入し、被害者一名を殺害し、現金を強取した住居侵入、強盗殺人の事案でございまして、元被告人の方が起訴され、昭和三十二年二月二日に死刑判決が確定しましたが、その後に再審開始決定がなされ、昭和五十九年三月十二日、再審公判で無罪が言い渡されたものと承知しております。
次に、いわゆる松山事件でございますが、昭和三十年十月十八日、宮城県内の民家におきまして、家人を殺害して金員を物色しようと決意した上、被害者四名を殺害し、同所に放火した強盗殺人、非現住建造物等放火の事案であり、元被告人の方が起訴され、昭和三十五年十一月二十二日に死刑判決が確定しましたが、その後に再審開始決定がなされ、昭和五十九年七月十一日、再審公判で無罪が言い渡されたものと承知しております。
最後に、いわゆる島田事件でございますが、昭和二十九年三月十日、静岡県内において、被害者一名を姦淫し傷害を負わせた後、殺害した強姦致傷、殺人の事案であり、元被告人の方が起訴され、昭和三十六年一月二十六日に死刑判決が確定しましたが、その後に再審開始決定がなされ、平成元年一月三十一日、再審公判で無罪が言い渡されたものと承知しております。
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有田芳生(中道)
有田芳生です。
私は、これまでの皆様方の質疑を聞いておりまして、今日質問するのは、再審法については初めてですので、何で冤罪が起きるのか、今度の法改正によってそれを防ぐことができる道に進むんだろうかという視点でお尋ねをしていきたいというふうに思います。
私の冤罪事件についての原点というのは、足利事件だったんです。菅家利和さんは、真実ちゃん誘拐殺人事件で逮捕されて、無期懲役、十七年半、獄にとらわれましたけれども、DNA鑑定の結果、無罪、冤罪だったということが明らかになった。
私は、菅家さんに何度もお話を聞いているときに、無念が晴れたのはよかったんですと…
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平口洋(自民)法務大臣
処罰されるべきでない者が処罰されることはあってはならないということでございます。
具体的事件において無罪判決が言い渡される理由は様々でありまして、処罰されるべきでない者が処罰されるような事態が生ずる原因としてどのようなものがあるかを一概に申し上げることは困難でございますが、過去の無罪判決や検察当局による検証においては、例えば、客観資料の吟味が不十分であったこと、自白の信用性に対する吟味、検討が不十分であったこと、新たな科学的捜査手法に対する理解、検討が不十分であったことなどの理由が指摘されてきたものと承知しております。
これらを踏まえて、検察当局にお…
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有田芳生(中道)
証拠をちゃんと最初から開示しないから問題が起きているんじゃないですか。
そのことをこれから具体的に伺っていきますけれども、その前に、刑事局長にお伺いをいたします。
死刑判決を受けて再審無罪だったケースというのは、これまで、一般的には四大死刑冤罪事件と言われていますけれども、ちょっと簡単に御説明いただけますか。
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- (上の発言)
41佐佐藤淳法務省刑事局長
お答えいたします。
お尋ねは、死刑判決が確定した後、再審で無罪とされた、いわゆる免田事件、財田川事件、松山事件及び島田事件の四つの事件を指すものと理解しております。
まず、いわゆる免田事件は、昭和二十三年十二月二十九日、金品強取の目的で熊本県内の民家に侵入し、被害者二名を殺害し、別の二名に傷害を負わせた住居侵入、強盗殺人及び同未遂の事案でございまして、元被告人の方が起訴され、昭和二十七年一月五日に死刑判決が確定しましたが、その後に再審開始決定がなされ、昭和五十八年七月十五日、再審公判で強盗殺人等の点につき無罪が言い渡されたものと承知しております。
次に、いわゆる財田川事件は、昭和二十五年二月二十八日、金品強取の目的で香川県内の民家に侵入し、被害者一名を殺害し、現金を強取した住居侵入、強盗殺人の事案でございまして、元被告人の方が起訴され、昭和三十二年二月二日に死刑判決が確定しましたが、その後に再審開始決定がなされ、昭和五十九年三月十二日、再審公判で無罪が言い渡されたものと承知しております。
次に、いわゆる松山事件でございますが、昭和三十年十月十八日、宮城県内の民家におきまして、家人を殺害して金員を物色しようと決意した上、被害者四名を殺害し、同所に放火した強盗殺人、非現住建造物等放火の事案であり、元被告人の方が起訴され、昭和三十五年十一月二十二日に死刑判決が確定しましたが、その後に再審開始決定がなされ、昭和五十九年七月十一日、再審公判で無罪が言い渡されたものと承知しております。
最後に、いわゆる島田事件でございますが、昭和二十九年三月十日、静岡県内において、被害者一名を姦淫し傷害を負わせた後、殺害した強姦致傷、殺人の事案であり、元被告人の方が起訴され、昭和三十六年一月二十六日に死刑判決が確定しましたが、その後に再審開始決定がなされ、平成元年一月三十一日、再審公判で無罪が言い渡されたものと承知しております。
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有田芳生(中道)
ありがとうございます。
死刑判決が確定したけれども、だけれども、結論として、証拠開示で冤罪だということが明らかになったわけじゃないですか、袴田事件についても。
じゃ、次にお聞きをしますけれども、警察庁、教えてください。飯塚事件というのはどういう内容だったんでしょうか。
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43遠遠藤剛警察庁長官官房審議官
お答えいたします。
御指摘の事件につきましては、平成四年二月、福岡県飯塚市内の路上において、登校中の女児二名が普通乗用自動車で連れ出された上、頸部を絞めて窒息死させられ、同県内の山中に遺棄されたというものでございます。
福岡県警察におきましては、平成六年九月、被疑者を死体遺棄事実で逮捕、送致、同年十月に殺人事実で逮捕、送致したものと承知しております。
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有田芳生(中道)
じゃ、刑事局長、その後、裁判はどうなったでしょうか。
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