渡辺努東京大学大学院経済学研究科教授

2025年2月25日・第217回国会 衆議院 予算委員会公聴会 第1号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 74 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 243 発言)

賃金と物価が上がらなくなったというのは九〇年代の後半のことなわけですけれども、その当時のいろいろな書き物やら、あるいはその当時の方々にお話を聞いてみると、こういうことが起きたんだろうというのがおおよそ分かります。

それは、当時は、今とはちょっと違って円高の時代でした、それから、バブルが終わった後の、円建ての賃金というのがそこそこ高かったということで、実は、日本人のドル建ての賃金というのがグローバルに見て非常に高い、そういう状況になったわけです。その中で、当時はちょうど中国とかそういう企業が出てくる時期でしたので、このままでは、この高い賃金では、とてもじゃないけれどもそういう中国の企業とかと戦えないというようなことが財界の中で懸念されたわけであります。

その一つの解決策として、賃金というものを、当時はずっと毎年ベアをして賃金を上げてくるということをやってきたわけですけれども、一旦これはやめようということを財界の方から提案というか案が出てきて、それを組合も了承する、のむということが起きたわけで、そこから、ベアがない、あるいはベアを連合が見送るということが二〇〇〇年代の初頭に始まっていったわけであります。

なので、ある種、賃上げを自粛するようなことというのが、その自粛の目的は、日本企業の海外での活躍、そこでの雇用の発生ということを持続させるために、そこをサポートするために賃上げの自粛ということが始まったわけでありまして、それが長いこと賃金が上がらないという状態をつくっていったわけです。同時に、賃金が上がらない中で価格だけ上げることは無理ですので、価格の方も上がらないということが起きたというのが私の理解でございます。

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