日本の学校教育は、あくまで、小中は義務教育であり、高校はそれに準ずるものであるわけですが、当然、公教育として目指すところがあります。それは、日本人としてしっかり生きていくと同時に、これからの高度化する社会に応じて、それを自分なりにこなしていかなければならない。そういう意味で、学習内容はある意味で高度化していくものである。先ほど申し上げましたけれども、その高度化を単に羅列的に増やすのではなくて、いかに構造的にしていくか、これが問われるというのが第一。
もう一つは、その構造というのは与えられるものではなくて、子供自身が教師の手助けの下でつくり出していかなければならないので、そのために、主体的云々というような学び方や探求的な学びが求められます。同時に、委員が御指摘のように、ただ授業時間を減らすだけでは、その中の教え方、子供の学び方というものが、よりよく分かる、楽しい、そして今申し上げた構造化されるようなものになってこそ意味があるわけですので、単純に減らすというよりは、ある与えられた範囲をいかに生かすかということを是非考えていただきたい、これが一つ。
それからもう一つ、御指摘の、課外の時間、学校外の時間が増えれば子供にとって幸せで有益かというと、現実の中では例えば塾通いが増える等々の弊害もあり得るわけですので、十分課外のその地域でのお子さんの在り方も考えながら、適切に学校の時間というものをその中の指導の在り方とともに御検討いただきたいというふうに考えております。
以上です。
61堀堀田龍也東京学芸大学教職大学院教授
浮島先生、御質問ありがとうございました。
私は、大事なことは三つあると思っております。
まず一つ目は、弾力的に運用できるような学習指導要領、渋谷のようなことがどこの学校でも校長のリーダーシップの下でできるような、そういう学習指導要領の柔軟性みたいなことがまず一つ。これは、次の学習指導要領はそういう方向に向かっていると思っております。
二つ目は、子供たちが自分の学びたいことをしっかりと自覚できているかどうかということだと思います。これは、いろいろな勉強の中で、僕は特にここに興味があるみたいなことを語る場があればあるほど子供たちは自覚できるようになりま…
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62澤澤田稔上智大学総合人間科学部教授/教職・学芸員課程センター長
御質問ありがとうございます。
私も、そういった探求型の学びが拡充していくことというのは非常に大事なことだろうというふうに考えております。
それで、御質問いただいて二つのことを考えておりますけれども、一つは、今までの知識中心の学習指導要領の場合には、それが書き込まれたらそれを教えるということでストレートにそれを受け止めればよかったんですけれども、探求型というのは子供たちの主体的な学びということになりますので、私の解釈でいうと、先生がレールを敷いているだけでは駄目ということになるので、どうしてもやはり試行錯誤、失敗もあるし、それから、生徒に振り回される。…
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浮島智子(公明)
ありがとうございました。
また、給特法をめぐる審議の中であったのは、教育課程の実施に伴う負担について、これも議論になりました。この点について、教師の働き方の視点のみならず、子供たち一人一人がこれからの時代で幸福に生きていくために必要な教育を実現するという、学習者の視点で考えるということも重要だと我々は訴えてまいりました。
例えば学習内容については、昔と比べて学習をする内容が多岐にわたるという指摘もあります。また、単に減らしていけばよいというのではないということもあります。以前にも増して高度化、複雑化する社会の中で、子供たちが幸福に生き抜いていくために…
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- (上の発言)
64無無藤隆白梅学園大学名誉教授
日本の学校教育は、あくまで、小中は義務教育であり、高校はそれに準ずるものであるわけですが、当然、公教育として目指すところがあります。それは、日本人としてしっかり生きていくと同時に、これからの高度化する社会に応じて、それを自分なりにこなしていかなければならない。そういう意味で、学習内容はある意味で高度化していくものである。先ほど申し上げましたけれども、その高度化を単に羅列的に増やすのではなくて、いかに構造的にしていくか、これが問われるというのが第一。
もう一つは、その構造というのは与えられるものではなくて、子供自身が教師の手助けの下でつくり出していかなければならないので、そのために、主体的云々というような学び方や探求的な学びが求められます。同時に、委員が御指摘のように、ただ授業時間を減らすだけでは、その中の教え方、子供の学び方というものが、よりよく分かる、楽しい、そして今申し上げた構造化されるようなものになってこそ意味があるわけですので、単純に減らすというよりは、ある与えられた範囲をいかに生かすかということを是非考えていただきたい、これが一つ。
それからもう一つ、御指摘の、課外の時間、学校外の時間が増えれば子供にとって幸せで有益かというと、現実の中では例えば塾通いが増える等々の弊害もあり得るわけですので、十分課外のその地域でのお子さんの在り方も考えながら、適切に学校の時間というものをその中の指導の在り方とともに御検討いただきたいというふうに考えております。
以上です。
65堀堀田龍也東京学芸大学教職大学院教授
ありがとうございます。
教師の負担の観点は非常に重要だと思う一方で、子供たちの目線で考えると、子供たちにとって学びやすいかどうかというのはとても大切なことかと思います。先生おっしゃったように、同じ授業でも、ずっと先生がしゃべっているのを聞いていなきゃいけない苦痛というのは、子供によっては非常にしんどいものでございます。
先ほどから私が紹介している、ICTも使いながら子供たちが自分のペースで様々なリソースに当たりながら学ぶ、この割合を全体の教育課程の中である程度増やしていくという考え方は、子供たちは非常に学びやすくなり、そして自己実現感が非常にあります…
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浮島智子(公明)
ありがとうございました。
これで終わらせていただきます。
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中村裕之(自民)
次に、大石あきこ君。
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