高橋哲大阪大学大学院人間科学研究科准教授

2025年4月25日・第217回国会 衆議院 文部科学委員会 第11号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 49 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 227 発言)

御質問ありがとうございます。

六・三・三制の単線型学校制度をどう考えるかという御質問でしたが、端的に、私の認識は、全ての子供の可能性というものを保障する制度が単線型学校制度だというふうに考えております。

このように、全ての子供が大学まで接続するというルートが保障されているということがこの仕組みの特徴でして、アメリカでの仕組みというものを日本は戦後採用していったわけですけれども、この仕組みがあるから、アメリカでは、例えば、ドロップアウトした子供たちが学び直しをして、そこから頑張って大学に進むということで、社会人生活を送っていくということなどの、そういう学び直しというもののルートが保障されるということになっているのかなというふうに考えております。

今御指摘いただきました戦前のような複線型の学校制度というのは、子供の能力というものを早期に選抜してしまって、それゆえ、上位の学校へ接続するというものを一部の人々に限ってしまう、そういうデメリットが大きいというふうに思っております。

そうなると、まさに今御指摘いただきました、不登校の子供たちというのがもう一度学校に戻って学び直しをしようとしたときに、大学に行くルートというのが遮断されてしまう、そういう可能性を逆につくってしまう可能性があるのもこの複線型ではないかと思っております。

それから、不登校に関しましては、もちろん、学校の外にそのような子供たちの学びの場をつくることも大切かと思いますが、不登校を出すような学校の仕組み、学校の本体の方が反省しなければいけない点がたくさんあるだろうと。本来であれば、このような不登校の子供たちを出さないような条件というのを整える必要があるのではないかということを申し述べて、私の見解にさせていただきたいと思います。

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