梅村みずほ (日本維新の会)

2024年12月19日・第216回国会 参議院 経済産業委員会 第2号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 117 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 168 発言)

ありがとうございます。

先ほど村田委員からも、物づくりといえば大阪という、大阪の名前も挙げていただいたんです。地元に帰ったら、小さな工場がたくさんあって、非常に苦労しながら何とか事業を継続しようと頑張っていらっしゃいます。

企業というのは、やっぱり創業したときには皆さんにおめでとうと言われて成長してきて、最盛期にはたくさんの方々を製品やサービスで喜ばせてくるんです。けれども、時代の流れというのは事最近速くなりまして、付いていくのが精いっぱいというところも出てきます。

社長が頑張っているから残業代が付かなくても頑張って支えていこうというような少々ブラックな状況をのまなくてはいけないところもあるでしょうし、皆さん、やっぱり何とか会社を大切にしていこうと思っている反面、やっぱり全体、日本のことを考えると、その社会的役割を終えた企業をどのようにランディングをさせていって新しい芽につなげていくのかというのを考える、これも非常に大事なことだと思います。

私自身は嫌な言葉だなと思っているんですけれども、ついつい自分もこういった政策を考える筋で使ってしまう言葉にゾンビ企業というものがあります。ゾンビになりたくてなっているわけちゃうわと、当たり前ですよね。必死に頑張っている企業をゾンビ企業呼ばわりにするの、私すごく失礼だと思っているんですけれども、逆に寿命企業と言うことはできるのではないかと思っているんです。

人もそうですし、万物いつか終わりは来るという考えに立てば、例えば補助金でいうと、企業だけではないんです。私立学校も、今、少子高齢化の中で子供たちがなかなか来てくれなくて、補助金でもうたくさんの外国の子供たちが来てくれるからこそ学園が存続しているという私立校もあるんです。そこには多額の日本人の血税が使われているんです。それでいいのかということを考えると、いいわけはないよねという声も上がってくるんですね。

これからは終わり方に向き合う時代。これは私たち人間そのものもそうで、後期高齢者になって体がうまくいかなくなって、栄養のパックを弾力がなくなった血管に差し込むと逆流してきますよね。たくさんのチューブにつながれて、いわゆるスパゲッティ症候群という状態で余生を過ごすのがいいのかどうなのか、尊厳ある死というのはどうなのかという、人間の最期というものも考えていこうという議論も起こっている時代です。

企業もどのように社会的役割を終えていくのか、そのときにどういう芽を残していくのかということについて考えていく時代でもあると思いますけれども、質問要旨で何番目になりますでしょうか、六番目になりますけれども、企業の役割の終え方について考えていく必要があると思いますが、大臣、いかがでしょうか。

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