代読します。
れいわ新選組の天畠大輔です。
前回に引き続き、災害対応を担う窓口を防災庁に統合すべきという視点からお伺いします。
防災庁設置法案で原子力災害を防災庁の所掌外としたことについては、原子力災害特有の専門性があるためという御説明がありました。しかし、この点については、同じく対応に高度な専門性が必要と思われる武力攻撃事態を防災庁が所掌していることと整合性が取れないことを前回の質疑で指摘しました。
一連の災害対応を防災庁に統合すべきという意見は専門家からも出ています。
東日本大震災への対応で大きな役割を果たした元復興庁事務次官の岡本全勝氏はインタビューに答えて、復興庁も原子力災害も防災庁に統合した方が総合的に対応しやすい上、組織的にもすっきりすると述べています。
原発事故の被災者支援に携わっている日弁連災害復興支援委員会の元委員長、津久井進弁護士は、自身の経験から、原発事故の被災者や被害者、避難者の対応には谷間、隙間、無策の分野が多数あると指摘し、原子力災害を防災庁から分離することに強い懸念を示しています。
政府にお聞きします。
原子力災害や復興庁を防災庁から分離したままでは、支援の隙間に落ちる人たちが出る可能性を払拭できません。政府の見解を伺います。
180
下野六太(公明)
申合せの時間が過ぎておりますので、大臣、簡単におまとめください。
この発言のページ
181
牧野たかお(自民)復興大臣
今の御質問でございますけれども、福祉避難所という重要性に関しては、我々も十分それを認識しております。一つだけ例を言うと、能登半島地震で、七十一の施設があったということで、元々あったんですが、被災で三十施設しか使えなかったということも伺っております。
ですので、福祉避難所を確保するということを、とにかくこれからも重点政策の一つとしてやっていきたいというふうに思っております。
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182
仁比聡平(共産)
ありがとうございました。
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- (上の発言)
183
天畠大輔(れいわ)
代読します。
れいわ新選組の天畠大輔です。
前回に引き続き、災害対応を担う窓口を防災庁に統合すべきという視点からお伺いします。
防災庁設置法案で原子力災害を防災庁の所掌外としたことについては、原子力災害特有の専門性があるためという御説明がありました。しかし、この点については、同じく対応に高度な専門性が必要と思われる武力攻撃事態を防災庁が所掌していることと整合性が取れないことを前回の質疑で指摘しました。
一連の災害対応を防災庁に統合すべきという意見は専門家からも出ています。
東日本大震災への対応で大きな役割を果たした元復興庁事務次官の岡本全勝氏はインタビューに答えて、復興庁も原子力災害も防災庁に統合した方が総合的に対応しやすい上、組織的にもすっきりすると述べています。
原発事故の被災者支援に携わっている日弁連災害復興支援委員会の元委員長、津久井進弁護士は、自身の経験から、原発事故の被災者や被害者、避難者の対応には谷間、隙間、無策の分野が多数あると指摘し、原子力災害を防災庁から分離することに強い懸念を示しています。
政府にお聞きします。
原子力災害や復興庁を防災庁から分離したままでは、支援の隙間に落ちる人たちが出る可能性を払拭できません。政府の見解を伺います。
184横横山征成内閣官房防災庁設置準備室次長
原子力防災は、放射性物質又は放射線の放出という原子力災害の特殊性から、放射線被曝の防護措置を行うなど、その対応に必要な専門性や手順が自然災害とは異なるものでございます。そうした専門性や即応性の観点から、防災庁設置後も引き続き、内閣府原子力防災担当が中心となって、関係省庁が連携して取り組むことが適当と考えてございます。
一方で、複合災害の際には連携が必要でございまして、また、原子力災害時の避難や被災者支援の事前準備や災害時の対応に防災庁の自然災害対応の経験やノウハウを生かすことは重要でございます。
防災庁としても、内閣府原子力防災担当などの関係府省庁が…
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185
下野六太(公明)
天畠君が発言の準備をしておりますので、お待ちください。
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186
天畠大輔(れいわ)
実際の支援に抜けや漏れが出ていたことが問題なのです。代読をお願いします。
政府は、抜けや漏れのない対応、支援に取り組むとしていますが、福島第一原発事故の対応では抜けや漏れが出ていたのです。例えば、避難指示区域の内外では対応や支援内容が大きく異なり、特に避難指示区域外からの避難者は大きな負担を強いられることになりました。
地域による支援の差はコミュニティーの分断を生んだほか、数多くの集団訴訟が起きる原因の一つにもなりました。集団訴訟に参加した人たちは一万人を大きく超え、今でも続いている集団訴訟もあります。そうした訴訟の一つについて、二〇二六年一月に出た…
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