歴史的、今ということではなくて、かつて海兵隊、沖縄の海兵隊が、国防総省の国防長官府の、非常に、要はその意思決定ラインの上の方で沖縄から撤収すべきであると、こういう計画が立案されていたときに、彼らがどのような理由で沖縄からの撤退に反対したのか、それについて御紹介をいたします。
一つは、地理の問題がやはりございます。
沖縄の地理的位置が、インド洋にも近く、朝鮮半島にも近く、そして台湾海峡にも近いということで、まず位置にかなり優位性を持っているというのが彼らの考え方です。これは疑いようのない事実だと思います。
しかしながら、この点について留意が必要なのは、これは軍の論理だということで、一方で、国防総省は、朝鮮半島には遠過ぎると、グアムから行ったって大して変わらないんだということで、沖縄の海兵隊は不要であると、こういう立場を取っていたし、沖縄海兵隊全体をアメリカに戻すということを彼らは考えていたので、アメリカというふうに一口に言ったときに、軍の考え方と、それから国防総省の中のいわゆるスーツ組ですね、背広組では随分考え方が違うので、そこについては我々は気を付けなければいけないと思います。
もう一つは、使い勝手の問題です。
これはもう間違いなく、沖縄における海兵隊のキャンプ・バトラーという、全体のことをいいますけれども、これが、いわゆる滑走路があって、そして司令部があって、そしてロジ機能、これが近いところに、要は手の届くところに全部そろっているという意味において非常に使い勝手がいいと、これもまた間違いないと思います。
しかし、これは、徐々に徐々に彼らが近場に必要なものを置くようになってきた。歴史的に考えれば、最初からそうだったわけではなくて、例えば普天間飛行場というのは元々空軍の基地で、空軍は要らなくなったということで海兵隊が引き継いだと先ほど申し上げました。そのような形で、飛行場のような重要な軍事拠点が一個ぼんと置かれると、それに吸着するようにその他の様々な機能が近くに寄ってくるんですね。この半世紀の日本における海兵隊の歴史というのは、まさに彼らが必要とする機能を沖縄に吸収していく、近づけていく、そういう過程でもありました。
ですから、今日、海兵隊にとって極めて使い勝手のいい基地、機能的にも使い勝手がいいし、また法的にも日米地位協定で排他的な管理権が彼らに与えられていますので、そういう意味での自由度も非常に大きいと。したがいまして、海兵隊からすると、世界的に数がただでさえ少ない、で、使い勝手がいいということで、沖縄は重要であるというふうに考えるのは極めて自然なことだと思います。
35浜浜口誠(国民)
ありがとうございました。
では、続きまして、佐喜眞参考人の方にお伺いしたいと思います。
跡地利用のところで先行モデルとしていろいろ取り組まれて、先ほどのお話の中には、沖縄健康医療拠点としての改修が行われたということがお話ありましたけれども、今後、この跡地利用に対して、市長というお立場でどのような先行モデルとして取り組まれていこうというお考えがあるのか、その点についてお伺いできればと思います。
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36佐佐喜眞淳宜野湾市長
ありがとうございます。
医療拠点、いわゆる沖縄健康医療拠点というのは、普天間ではなくて、西普天間住宅地区での琉球大学の医学部、そして同病院が開院、開学したということでございますし、今、宜野湾市と浦添市と那覇市、並びに経済界が今やっているのが、ゲートウェイ二〇五〇というようなゲートウェイプロジェクツというのがございます。それは、それぞれの地域にある米軍施設が返還されることを見越して、その返還跡地をいかに個性を出しながら有益的につなげていくかということをテーマに今進んでいるところでもございます。さらには、那覇空港の拡張あるいは拡充を含めてですが、そういう中…
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37浜浜口誠(国民)
ありがとうございます。しっかり我々の立場で応援できるところは応援をしてまいりたいなと思います。
では、最後、川名参考人にお伺いしたいと思います。
先ほどのお話の中に、海兵隊の海外基地の三十あるうちの二十六が沖縄にあるというお話ありましたが、海兵隊としてなぜそこまで沖縄を重要視しているのか、その重要視している理由、背景がありましたらお聞かせいただきたいと思います。
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- (上の発言)
38川川名晋史大東文化大学法学部政治学科教授
歴史的、今ということではなくて、かつて海兵隊、沖縄の海兵隊が、国防総省の国防長官府の、非常に、要はその意思決定ラインの上の方で沖縄から撤収すべきであると、こういう計画が立案されていたときに、彼らがどのような理由で沖縄からの撤退に反対したのか、それについて御紹介をいたします。
一つは、地理の問題がやはりございます。
沖縄の地理的位置が、インド洋にも近く、朝鮮半島にも近く、そして台湾海峡にも近いということで、まず位置にかなり優位性を持っているというのが彼らの考え方です。これは疑いようのない事実だと思います。
しかしながら、この点について留意が必要なのは、これは軍の論理だということで、一方で、国防総省は、朝鮮半島には遠過ぎると、グアムから行ったって大して変わらないんだということで、沖縄の海兵隊は不要であると、こういう立場を取っていたし、沖縄海兵隊全体をアメリカに戻すということを彼らは考えていたので、アメリカというふうに一口に言ったときに、軍の考え方と、それから国防総省の中のいわゆるスーツ組ですね、背広組では随分考え方が違うので、そこについては我々は気を付けなければいけないと思います。
もう一つは、使い勝手の問題です。
これはもう間違いなく、沖縄における海兵隊のキャンプ・バトラーという、全体のことをいいますけれども、これが、いわゆる滑走路があって、そして司令部があって、そしてロジ機能、これが近いところに、要は手の届くところに全部そろっているという意味において非常に使い勝手がいいと、これもまた間違いないと思います。
しかし、これは、徐々に徐々に彼らが近場に必要なものを置くようになってきた。歴史的に考えれば、最初からそうだったわけではなくて、例えば普天間飛行場というのは元々空軍の基地で、空軍は要らなくなったということで海兵隊が引き継いだと先ほど申し上げました。そのような形で、飛行場のような重要な軍事拠点が一個ぼんと置かれると、それに吸着するようにその他の様々な機能が近くに寄ってくるんですね。この半世紀の日本における海兵隊の歴史というのは、まさに彼らが必要とする機能を沖縄に吸収していく、近づけていく、そういう過程でもありました。
ですから、今日、海兵隊にとって極めて使い勝手のいい基地、機能的にも使い勝手がいいし、また法的にも日米地位協定で排他的な管理権が彼らに与えられていますので、そういう意味での自由度も非常に大きいと。したがいまして、海兵隊からすると、世界的に数がただでさえ少ない、で、使い勝手がいいということで、沖縄は重要であるというふうに考えるのは極めて自然なことだと思います。
39浜浜口誠(国民)
ありがとうございました。
引き続き、しっかり我々も取り組んでいきたいと思います。ありがとうございます。
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40窪窪田哲也(公明)
公明党の窪田哲也です。今日はありがとうございます。
三人の参考人の皆様からは、非常に重いお話を伺いました。
私も議員になる前は公明新聞の記者を長くやっておりまして、二十代で初めて沖縄に赴任をしまして、橋本・モンデール会談のあの日のことも鮮明に覚えておりますし、少女暴行事件のあの宜野湾での集会八万五千人、あの日のこともよく覚えております。それから、二〇〇四年のヘリの墜落のあの日、私はたまたま浜比嘉島にいたんですね。比嘉良彦県政策参与と一緒でした。もし今、普天間飛行場に米軍機が墜落するようなことがあれば日米安保条約は大変なことになるという、そういう話をさ…
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41前前泊博盛沖縄国際大学経済学部長・経済学部教授/沖縄国際大学理事
これ、SACO合意そのものの十一施設の返還促進ということで、それをまずできるところからどんどん進めていくというのがあります。
私も、キャンプ・キンザー、例えば、キンザーは補給基地なので、比較的今補給場所はもう嘉手納の中にも倉庫群を造っていますので、返せるところを先に返していくというのはとても大事ですね。十一施設の返還が、ちゃんとSACO合意が進捗しているということを見せることがとても大事だと思います。
それから、普天間については、先ほどもちょっと触れましたけれども、もう返された後、跡利用のためにも必要だというところで、三三〇と五十八号の間のトンネルぐ…
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