これ、SACO合意そのものの十一施設の返還促進ということで、それをまずできるところからどんどん進めていくというのがあります。
私も、キャンプ・キンザー、例えば、キンザーは補給基地なので、比較的今補給場所はもう嘉手納の中にも倉庫群を造っていますので、返せるところを先に返していくというのはとても大事ですね。十一施設の返還が、ちゃんとSACO合意が進捗しているということを見せることがとても大事だと思います。
それから、普天間については、先ほどもちょっと触れましたけれども、もう返された後、跡利用のためにも必要だというところで、三三〇と五十八号の間のトンネルぐらいは掘ってくれということを言っています。
そういうことで、あっ、返すつもりでちゃんと跡利用は始まっているんだということを次の世代にメッセージとして送ることが大事ですね。これは何を言っても、アメリカに言っても変わらないよという思いは物すごく国民の間にも広がっています。
特に、トランプ大統領が誕生して、あのアメリカの議会ですら操縦できないような大統領の存在をどうするかと、こういう人を、じゃ、日本の政治家が動かせるのかという話になると、残念ながら期待感がないというところがありますね。
そういったところでは、まずはできるところからしっかりと返していく。辺野古一つにしても、これを本当に必要なのかどうかの議論をしっかりしていただいた上で、返せるところ、例えばキャンプ・キンザー、牧港補給地区については、もう跡利用計画もしっかりできているんですよね。
それから、返されることの経済効果も非常に大きいですし、やはり、今日ちょっと、これは理事としての発言ではありませんというのを前置きしますけれども、沖縄国際大学をあと十年間、十二年間、あの危険だと言われている普天間基地の横にいつまで置き続けるんだという、こういう問題提起をしたいというふうに思っています。本当に危険だと、世界一だというのであれば、この国として、沖縄国際大学を移転するぐらいの計画ぐらい立ててほしいと思いますね。なぜ危険なところに学生を放置しているんだと、この国は守るつもりがあるのかというような思いです。
そういう意味では、キャンプ・キンザー、これは今日、浦添市長はいませんけれども、キンザーにはビーチもあります。そのビーチがあるところに、それこそ小学校からはもう子供たちの姿も消えているという。もういなくなるのであれば、そこを明け渡していただいて、それこそ沖縄国際大学の分校でも造って、最終的にそこに沖縄の大学、五つの大学を、そろそろ二百五十校が廃校になるというような話も、大学淘汰の話も出てきていますけれども、新しい大学の形をキャンプ・キンザーで展開をするという、そういったところで夢を描けるような、そういう政治家たちが出てくれば、次の世代もこの返還の問題に関心を持って動いてくると思います。
そういったところでいうと、今、キンザーの返還の問題も含めて、できるところからまず、この軍事的な問題をクリアしているところからまず返していくという、そういうところで、それから普天間については、返す前にも跡利用のスタートをしていくという。
佐喜眞市長の尽力で、我が大学の間にあるバイパスがこの普天間まで延びています。これ、通勤通学では物すごく改善をされて、交通渋滞の解消にもつながっています。そういう意味では、市長、ありがとうございました。
そういうことをしっかりとやっていけるという政治家がいるというところは、できるんだというところを見せていただければ、トンネル二つぐらい掘ってください、是非。それで交通渋滞、普天間があるからという、この日常的な被害をまずは軽減をさせていくところから始まって、そして部分的に返還をさせていくことも含めて考えてほしいと思います。
それから、施設を新しく造らせるときには、返還後に使えるような施設の場所を決めて、そこに造らせる。これは、フィリピンが同じように、クラークやスービックを返還させるときにも同じように、施設を造らせて、フェンスをちょっとへこめるだけでその施設は日本のものとして使えるような、そういった形の返還の在り方についても工夫を凝らしてほしいと思います。
是非、そういった計画は我々大学としても幾つか作っていますので、また次の機会に御紹介をしたいと思います。
38川川名晋史大東文化大学法学部政治学科教授
歴史的、今ということではなくて、かつて海兵隊、沖縄の海兵隊が、国防総省の国防長官府の、非常に、要はその意思決定ラインの上の方で沖縄から撤収すべきであると、こういう計画が立案されていたときに、彼らがどのような理由で沖縄からの撤退に反対したのか、それについて御紹介をいたします。
一つは、地理の問題がやはりございます。
沖縄の地理的位置が、インド洋にも近く、朝鮮半島にも近く、そして台湾海峡にも近いということで、まず位置にかなり優位性を持っているというのが彼らの考え方です。これは疑いようのない事実だと思います。
しかしながら、この点について留意が必要なのは…
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39浜浜口誠(国民)
ありがとうございました。
引き続き、しっかり我々も取り組んでいきたいと思います。ありがとうございます。
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40窪窪田哲也(公明)
公明党の窪田哲也です。今日はありがとうございます。
三人の参考人の皆様からは、非常に重いお話を伺いました。
私も議員になる前は公明新聞の記者を長くやっておりまして、二十代で初めて沖縄に赴任をしまして、橋本・モンデール会談のあの日のことも鮮明に覚えておりますし、少女暴行事件のあの宜野湾での集会八万五千人、あの日のこともよく覚えております。それから、二〇〇四年のヘリの墜落のあの日、私はたまたま浜比嘉島にいたんですね。比嘉良彦県政策参与と一緒でした。もし今、普天間飛行場に米軍機が墜落するようなことがあれば日米安保条約は大変なことになるという、そういう話をさ…
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- (上の発言)
41前前泊博盛沖縄国際大学経済学部長・経済学部教授/沖縄国際大学理事
これ、SACO合意そのものの十一施設の返還促進ということで、それをまずできるところからどんどん進めていくというのがあります。
私も、キャンプ・キンザー、例えば、キンザーは補給基地なので、比較的今補給場所はもう嘉手納の中にも倉庫群を造っていますので、返せるところを先に返していくというのはとても大事ですね。十一施設の返還が、ちゃんとSACO合意が進捗しているということを見せることがとても大事だと思います。
それから、普天間については、先ほどもちょっと触れましたけれども、もう返された後、跡利用のためにも必要だというところで、三三〇と五十八号の間のトンネルぐらいは掘ってくれということを言っています。
そういうことで、あっ、返すつもりでちゃんと跡利用は始まっているんだということを次の世代にメッセージとして送ることが大事ですね。これは何を言っても、アメリカに言っても変わらないよという思いは物すごく国民の間にも広がっています。
特に、トランプ大統領が誕生して、あのアメリカの議会ですら操縦できないような大統領の存在をどうするかと、こういう人を、じゃ、日本の政治家が動かせるのかという話になると、残念ながら期待感がないというところがありますね。
そういったところでは、まずはできるところからしっかりと返していく。辺野古一つにしても、これを本当に必要なのかどうかの議論をしっかりしていただいた上で、返せるところ、例えばキャンプ・キンザー、牧港補給地区については、もう跡利用計画もしっかりできているんですよね。
それから、返されることの経済効果も非常に大きいですし、やはり、今日ちょっと、これは理事としての発言ではありませんというのを前置きしますけれども、沖縄国際大学をあと十年間、十二年間、あの危険だと言われている普天間基地の横にいつまで置き続けるんだという、こういう問題提起をしたいというふうに思っています。本当に危険だと、世界一だというのであれば、この国として、沖縄国際大学を移転するぐらいの計画ぐらい立ててほしいと思いますね。なぜ危険なところに学生を放置しているんだと、この国は守るつもりがあるのかというような思いです。
そういう意味では、キャンプ・キンザー、これは今日、浦添市長はいませんけれども、キンザーにはビーチもあります。そのビーチがあるところに、それこそ小学校からはもう子供たちの姿も消えているという。もういなくなるのであれば、そこを明け渡していただいて、それこそ沖縄国際大学の分校でも造って、最終的にそこに沖縄の大学、五つの大学を、そろそろ二百五十校が廃校になるというような話も、大学淘汰の話も出てきていますけれども、新しい大学の形をキャンプ・キンザーで展開をするという、そういったところで夢を描けるような、そういう政治家たちが出てくれば、次の世代もこの返還の問題に関心を持って動いてくると思います。
そういったところでいうと、今、キンザーの返還の問題も含めて、できるところからまず、この軍事的な問題をクリアしているところからまず返していくという、そういうところで、それから普天間については、返す前にも跡利用のスタートをしていくという。
佐喜眞市長の尽力で、我が大学の間にあるバイパスがこの普天間まで延びています。これ、通勤通学では物すごく改善をされて、交通渋滞の解消にもつながっています。そういう意味では、市長、ありがとうございました。
そういうことをしっかりとやっていけるという政治家がいるというところは、できるんだというところを見せていただければ、トンネル二つぐらい掘ってください、是非。それで交通渋滞、普天間があるからという、この日常的な被害をまずは軽減をさせていくところから始まって、そして部分的に返還をさせていくことも含めて考えてほしいと思います。
それから、施設を新しく造らせるときには、返還後に使えるような施設の場所を決めて、そこに造らせる。これは、フィリピンが同じように、クラークやスービックを返還させるときにも同じように、施設を造らせて、フェンスをちょっとへこめるだけでその施設は日本のものとして使えるような、そういった形の返還の在り方についても工夫を凝らしてほしいと思います。
是非、そういった計画は我々大学としても幾つか作っていますので、また次の機会に御紹介をしたいと思います。
42窪窪田哲也(公明)
具体的な御提案をいただきまして、ありがとうございます。
市長に、佐喜眞参考人にお伺いしたいと思います。
この普天間飛行場を抱えている、様々な問題もある、そういう中でかじ取りをしていくというのは大変だと思います。この一日も早い返還に向けて、返還、そして期日を決めていく、そういうことに対しては、やはり市民の世論喚起が盛り上がっていくということはとても大事だと思うんですね。
市民が一体になってワンボイスで、早期返還、期日を決めろと、そして、今御提案にもあった目に見える、返還前でも目に見える形で返還が進んでいるんだということを政府に求めていくことがとても大…
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43佐佐喜眞淳宜野湾市長
ありがとうございます。
まさに三十年という歴史というのは、人によってはそれが忘れ去られる時間になります。一方で、我々としては、やはりこの問題をしっかりと解決しなきゃいけない、その跡地利用をいかに次の世代へとバトンタッチをするかという責務もございます。
そういう意味では、市民のみならず、県民も含めてですけれども、この問題を我が事のように感じ取られるようないわゆる環境をつくっていくことも重要だと思いますので、冒頭申し上げたように、資料でも皆様に提供してございますが、今年の七月二十六日、もう待てない、全面返還合意から三十年という、ある意味全市民を対象に、一…
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44窪窪田哲也(公明)
チーム宜野湾の取組をしっかり後押ししてやってまいりたいと思います。
川名参考人に伺いたいと思います。
今のアメリカのこの状況を見ておりますと、果たして我が国がこのままアメリカのこの日米関係を今のまま続けていく、先ほどの地位協定の話も申し上げましたけれども、そのような関係を続けていくのが果たして我が国の本当のためになっているのかということを、もう一回考えの再設定していくというか、当然、我が国のその中国、北朝鮮、ロシアという中での関係ではありますけれども、きちんとアメリカとの関係を、日米基軸ではあるけれども、果たして、今のような日米地位協定を変えることも…
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