百田尚樹 (日本保守党)

2026年6月17日・第221回国会 参議院 資源エネルギー・持続可能社会に関する調査会 第6号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 124 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 149 発言)

先ほど経産省の方も、経産省だったかな、安全性が大前提ということで、規制庁も非常に安全性ということをよく言われます。

確かに安全性は重要です。安全性と効率性というのはトレードオフの関係なんですけれども、現在の日本の原子力規制は、私には極めてアンバランスなものに思えます。つまり、安全性を取り過ぎて効率性が非常にないがしろにされているんじゃないかという感じがします。安全性を追求するというのは非常に大事なことですが、しかし、安全性を何よりも優先するとなれば、現代社会が成り立たない部分もあるんですよね。

ちょっと例え言いますけど、例えば車ね、車は非常に我々にとって便利なものです。しかし一方で、非常に危険なものです。具体的には、この直近十年間で約三万人、三万人以上の方が亡くなっています、車によってね。十年で三万人というのは決して軽視していい数字ではありません。しかし、車なくしては現代社会は成り立たず、ある意味で、この数字は社会的に容認あるいは黙認されている形と言えるんではないでしょうか。

ちなみに、福島原発事故による死亡者ですが、放射線被曝による直接の死亡は一応統計的にはゼロということになっています。しかし、避難所での長期生活、あるいは医療、環境の悪化、精神的負担などが原因と認定された震災関連死、これは約二千四百人となっています。この十何年で二千四百人です。もちろんこれも大きな数字です。これを許容あるいは容認できる数字と見るかどうかは非常に難しい問題ではありますが。

もう一つ、ちょっと極端な話をいたします。極端な例えします。我々がふだん日常的に使っている家庭用のお風呂ですが、実は浴室、浴槽内での死亡事故は年間約一万九千人です。一日平均五十人以上の人が風呂場で亡くなっているわけですが、もし、これは非常に揚げ足取りで申し訳ない、安全性を何よりも重視すると、徹底して安全性を優先するとなったら、全ての風呂は使用禁止というような状況になるわけですね。

もちろん、車と風呂と原発は全く違うもので、同列に論じることはできませんが、車と風呂の話をしたのは、安全性と効率性のトレードオフという考え方を、いま一度、規制の在り方を見直していただきたいということから話しました。

行き過ぎた規制は社会活動にとってマイナスになります。エネルギー資源の乏しい日本にとって、原発は必要なものと私自身は考えています。そのために、規制委員会には世界で最も厳しい安全基準を見直していただきたいと思いますが、今後、その見直しの検討の予定はあるのでしょうか、お聞きします。

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