ありがとうございます。日本維新の会、嘉田由紀子です。
十五分の時間をいただきましたので、今日はストーカー規制法を中心に質問させていただきますが、その前に、先ほど牧山さんも言及いただきましたけれども、離婚後共同親権が日本では明治民法以来初めて、新民法になっても八十年ぶりに実行されました。昨日から施行されております。
実は昨日も、単独親権により親子が会えない、あるいは孫に会えない祖父母の皆さん、弁護士の皆さん、それから自治体議員の皆さんも国会に集まっていただきまして、この後どういうふうに実効性担保するのかということで集会を開きました。
その中に、実は法務省の法案改正というのは自治体とつながるルートがないんですね。例えば、どうですか、泉市長、やっていらしたときに、元市長。法務省の仕事は、例えば厚労省だったら福祉部局があります、土木、国土交通省だったらそれぞれの部局がありますけど、法務省の仕事は自治体に担当部局がないんです。それで、(発言する者あり)戸籍だけは、戸籍だけは窓口があるんですけど、それも法定受託事務ですから、自治体は工夫ができないんです。しかも、情報の守秘義務があるということで、泉議員も市長時代、大変困られたと思いますけど、私も知事二期八年やっておりまして、本当にここがネックだなと思っておりました。
ですから、法案改正するのは自分が国会議員になるしかないと思って国会に寄せてもらったんですが、それでもようやく実現した共同親権、なかなか自治体に届かないということで、昨日も、ある市議会議員、札幌の市議会議員が自分たちで全国千七百四十一自治体のホームページをチェックをして、それでちゃんと広報してくださいと呼びかけて、いまだに五百三十三しかホームページ寄せられていないということなんです。ここ、是非法務担当の皆さん知っていただきたいんです。自治体はまだまだ準備できておりません。
それで、一般論ですけれども、まさに法務行政は公平公正、それから安全、安心、法務大臣が言っていらしたところですが、立法府を代表する私たちとしては国民の幸せの最大化、不幸の最小化、これを目指すべきだろうと思っております。
それで、まずは、本日はストーカーの問題を取り上げさせていただきます。できたら、次回には婚姻中のDVの問題も取り上げさせていただきたいんですけど。
今日、改めて、ストーカー事件、この間、池袋で大変悲惨な事件が起きてしまいました。元々が、一九九九年、埼玉県桶川のストーカー殺人の後、議員立法でストーカー規制法が二〇〇〇年に発足をしました。もう丸二十五年たちます。この間に、なかなか対策が取れていないなということを皆、国民的に感じていると思います。
このストーカーやDV、あるいは性暴力など、男女間の性的、精神的トラブルについては、刑事司法だけでなく、教育や医療や福祉、大変連携的な横つなぎの対策が必須と言われております。法整備や処罰に加えて、科学的な根拠に基づく治療的介入と社会復帰支援を実行できるような対策、被害者をこれ以上増やさない、加害者を増やさない、まさに国民の目線から見た行政が必要だろうと思っております。
それで、まず最初の質問ですが、警察庁さんに、二〇〇〇年以来のストーカー相談件数と摘発件数の推移、全国での数値、また殺人や傷害事件に至ったケースを教えていただけますか。
152
平口洋(自民)法務大臣
委員御指摘のとおり、外国人との秩序ある共生社会を実現していくためには、秩序は社会の土台、多様性は社会の力でありまして、この両者を両立させていくことが真の秩序ある共生社会への道であることに十分に配慮、留意する必要があると考えております。
本年一月二十三日に決定した総合的対応策においては、このような考え方の下で、国民の安全、安心のための取組のみならず、外国人が日本社会に円滑に適応するための取組が数多く盛り込まれております。
法務省におきましては、今後とも、関係省庁等と連携し、これらの施策を着実に進めてまいりたいと考えております。
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153
伊藤孝江(公明)
時間が来ておりますので、おまとめください。
この発言のページ
154
横山信一(公明)
はい。
しっかりと共生社会の実現も含めて、入管法、これからまた審査に入りますけれども、また質疑をさせていただきたいというふうに思います。
以上で終わります。
この発言のページ
- (上の発言)
155
嘉田由紀子(維新)
ありがとうございます。日本維新の会、嘉田由紀子です。
十五分の時間をいただきましたので、今日はストーカー規制法を中心に質問させていただきますが、その前に、先ほど牧山さんも言及いただきましたけれども、離婚後共同親権が日本では明治民法以来初めて、新民法になっても八十年ぶりに実行されました。昨日から施行されております。
実は昨日も、単独親権により親子が会えない、あるいは孫に会えない祖父母の皆さん、弁護士の皆さん、それから自治体議員の皆さんも国会に集まっていただきまして、この後どういうふうに実効性担保するのかということで集会を開きました。
その中に、実は法務省の法案改正というのは自治体とつながるルートがないんですね。例えば、どうですか、泉市長、やっていらしたときに、元市長。法務省の仕事は、例えば厚労省だったら福祉部局があります、土木、国土交通省だったらそれぞれの部局がありますけど、法務省の仕事は自治体に担当部局がないんです。それで、(発言する者あり)戸籍だけは、戸籍だけは窓口があるんですけど、それも法定受託事務ですから、自治体は工夫ができないんです。しかも、情報の守秘義務があるということで、泉議員も市長時代、大変困られたと思いますけど、私も知事二期八年やっておりまして、本当にここがネックだなと思っておりました。
ですから、法案改正するのは自分が国会議員になるしかないと思って国会に寄せてもらったんですが、それでもようやく実現した共同親権、なかなか自治体に届かないということで、昨日も、ある市議会議員、札幌の市議会議員が自分たちで全国千七百四十一自治体のホームページをチェックをして、それでちゃんと広報してくださいと呼びかけて、いまだに五百三十三しかホームページ寄せられていないということなんです。ここ、是非法務担当の皆さん知っていただきたいんです。自治体はまだまだ準備できておりません。
それで、一般論ですけれども、まさに法務行政は公平公正、それから安全、安心、法務大臣が言っていらしたところですが、立法府を代表する私たちとしては国民の幸せの最大化、不幸の最小化、これを目指すべきだろうと思っております。
それで、まずは、本日はストーカーの問題を取り上げさせていただきます。できたら、次回には婚姻中のDVの問題も取り上げさせていただきたいんですけど。
今日、改めて、ストーカー事件、この間、池袋で大変悲惨な事件が起きてしまいました。元々が、一九九九年、埼玉県桶川のストーカー殺人の後、議員立法でストーカー規制法が二〇〇〇年に発足をしました。もう丸二十五年たちます。この間に、なかなか対策が取れていないなということを皆、国民的に感じていると思います。
このストーカーやDV、あるいは性暴力など、男女間の性的、精神的トラブルについては、刑事司法だけでなく、教育や医療や福祉、大変連携的な横つなぎの対策が必須と言われております。法整備や処罰に加えて、科学的な根拠に基づく治療的介入と社会復帰支援を実行できるような対策、被害者をこれ以上増やさない、加害者を増やさない、まさに国民の目線から見た行政が必要だろうと思っております。
それで、まず最初の質問ですが、警察庁さんに、二〇〇〇年以来のストーカー相談件数と摘発件数の推移、全国での数値、また殺人や傷害事件に至ったケースを教えていただけますか。
156服服部準警察庁長官官房審議官
お答えいたします。
ストーカー事案の相談等件数は、ストーカー規制法が施行された平成十二年、二〇〇〇年でございますが、以降把握しておりまして、平成十二年二千二百八十件、これは施行日が十一月二十四日でありまして、これ以降の数字となります。また、平成十三年から平成二十三年までは一万五千件前後、平成二十四年から令和七年までは二万件前後であり、依然として高水準で推移しているところと考えております。
また、ストーカー規制法を適用したストーカー事案の検挙件数は、平成十二年二十二件、これも先ほどの施行日以降の数字でございます。また、平成十三年から平成二十三年までは二…
この発言のページ
157
嘉田由紀子(維新)
傷害、殺人、三千六百件と聞くだけで胸が痛くなりますけれども、ましてここは本当に愛憎交えたという人間の、恋愛関係って大変大事です。男女関係、異性関係、大事です。まして、今これだけ子供が生まれない時代、やっぱり個々の男女関係の、まあ言葉として健全というのは余りぴったりこないんですが、お互いに相思相愛の関係があるからこそ、子供も幸せに生まれ、そして子供の人生が、それが国家の行く行くのもう力になるわけですから、このストーカー殺人、本当につらい話でございます。
法務行政としてもまたこの後より一層力を入れていただきたいと思いますが、その間に警察庁さんも努力いただい…
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158服服部準警察庁長官官房審議官
お答えいたします。
警察におきましては、平成二十八年度から、カウンセリング、治療の必要性について、地域精神科医等の助言を受け加害者に受診を勧めるなど、地域精神科医等との連携を推進しているほか、令和六年三月からは、ストーカー規制法に基づく禁止命令等を受けたストーカー加害者全員に対し、カウンセリング治療の有用性を教示して受診等を働きかける取組を推進しております。
令和六年中にカウンセリングや治療につながった加害者は百八十四人、令和七年中は二百三十三人でございました。
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