後藤翔太 (参政党)

2026年4月2日・第221回国会 参議院 文教科学委員会 第4号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 144 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 174 発言)

ありがとうございます。

文献でも非常にデータが少ないということが指摘されているので、そのような回答だろうというふうに考えておりました。

もう一段、この歴史を掘り下げて考えてみたいと思います。

ここで行われた教育は、公民化政策や同化政策として、戦後は情緒的な批判をもって総括されています。しかし、このことが歴史的な評価や振り返りを限定的なものとし、真に得られる教訓が見落とされている可能性があるのではないかと私は考えました。

同化政策を行うということは、その善しあしの評価をする前に、前提として、南洋群島の現地人は日本人と同化できる、すなわち教育によって日本人になれると当時の多くの日本人が認識していたことを意味しており、また、これは、日本というネーションが本質的には、閉じたネーションではなく、開かれたネーションであるということを示唆しているというふうに考えます。

ただ、C式委任統治領は自国領ではないため、現地人は帝国臣民ではなく島民と呼称されたり、一等国民、二等国民、三等国民といった差別的な序列が内面化されていたり、さきに述べたとおり、通える学校が異なっていたといった同化意識と反する二重構造があったことも事実です。

しかし、日本史の中で、近代は唯一日本が対外的に拡張する中で民族的な背景の異なる人々を領域内に抱え込んだ時期です。特に、南洋群島は背景の相違が顕著であり、そこで行われた施策は、ネーションという観点から振り返り、現代の外国人問題に生かすことができる教訓があるはずです。

ですが、残念なことに、日本から南洋の記憶は薄れています。サイパン島の観光地としての人気が下がっていることは知られていますし、南洋群島に当たるミクロネシア連邦、マーシャル諸島共和国へのフライトにはお金と時間が掛かり、容易に行くことはできません。かつて怪獣映画で見られた、例えば「モスラ」のインファント島のような南の島が登場することもほとんどなくなりました。お笑い芸人の黒塗りメークは黒人差別と指摘され、歴史的にはチャモロ人やカロリン人に対する差別表現であったことが想起されることもありません。

ここで、大臣に伺いたいと思います。

異なる背景を持つ人々を自分たちのネーションに包摂しようとする際起こり得る問題や課題に対し重要な示唆や教訓をこの歴史から学べる、学び取れるはずだというふうに考えますが、是非、大臣の考えもお聞かせください。

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