ありがとうございます。
今、先ほど私は日本語を入場券と表現しましたが、これはネーションが拡張可能であるということを意味しているというふうに思います。ただ、ネーションは拡張可能ですが、無限ではなく、会ったことがなくても同じ仲間と思える範囲にとどまると指摘されています。
今、日本というネーションにある戸惑い、つまり、外国人問題は、これまで自分たちのネーションを構成してきたものとは異なる背景を持つエスニックな人々と直面していることにあり、同じ仲間だと思いづらいということが問題だというふうに考えます。
ただ、日本というネーションがそういった異なる背景を持つ人々に直面したのはこれまでの日本の歴史で現代が初めてなのかというと、そうではありません。歴史を遡ると、一九一九年、日本は第一次世界大戦のパリ講和会議により、旧ドイツ領のミクロネシアを国際連盟の委任統治領の南洋群島としてC式委任統治をすることになりました。C式委任統治は併合ではないため、自国領土とはできないものの、実態的には隠された併合と呼ばれていたそうです。
ここで、日本は、領域の中に、これまで包摂した東アジアの人々とは背景の異なるチャモロ人やカロリン人と呼ばれる人々を抱えることになりました。南洋群島を委任統治するための省庁である南洋庁が設立され、現地人向けの教育制度、インフラを整備しました。最終的には、公学校、公学校補習科、木工徒弟養成所という中等教育レベルまで学校が設立され、実際に運営されていました。南洋庁設置以降、現地児童は公学校に、日本人児童は小学校に通い、同じ学校には通いませんでしたが、教員と公学校と小学校間での異動は頻繁にあり、日本人教員と現地児童が教育を介して触れ合いを持ちました。要するに、日本は、こうした日本語を用い、教育を通じて、異なる背景を持つ人々を同じネーションに包摂しようとした歴史があるということです。
ここで、政府参考人に伺いたいと思います。
南洋庁は終戦後に廃止されましたが、南洋庁が南洋群島で実施していた共同体を拡張しようとした教育行政の蓄積が文部科学省に引き継がれているところはあるのでしょうか。
139
松本洋平(自民)文部科学大臣
我が国の在留外国人数が増加をする中、外国人の受入れ環境を整備し、秩序ある共生社会を実現をする上で、日本語教育の環境整備を図ることが極めて重要である、そのように考えているところであります。
文部科学省といたしまして、令和八年度予算案におきましても施策を盛り込ませていただいているところでありますが、こうした施策を通じまして、外国人などが日本語を適切に学ぶ機会を確保するなど、関係省庁と連携しつつ、国民と外国人の双方が安全、安心に生活をし、共に繁栄する社会の実現、これを目指してまいります。
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140
後藤翔太(参政)
ありがとうございます。
このような、言語は単に一つの手段にとどまるものではなくて、日本人の感性を理解してもらう上でも非常に重要であるというふうに考えます。
さて、我々参政党は、昨年の参議院選挙において、日本人ファーストというキャッチコピーとし、多くの支持をいただきました。また、その一方で、否定的な評価も受け、賛否の意見はそれぞれかみ合わなかったと認識しています。別の陣営を応援する方からは、そもそも日本人とは誰のことを言っているんだという問いかけもあったようです。
私の個人としての考え方ですが、私が日本人と言うときには、人種、レースではなく、ネーショ…
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松本洋平(自民)文部科学大臣
我が国で生活、滞在する外国の方、日本社会及び地域コミュニティーの一員として責任ある行動を取るためには、日本語を始め、日本のルールや制度などを理解してもらうこと、これが重要であると認識をしております。
本年一月に関係閣僚会議におきまして決定をいたしました外国人の受入れ・秩序ある共生のための総合対応策におきましては、そうした内容を適切に学習できるようにするため、新たに我が国に在留する外国の方が、外国人が日本語や我が国の制度、ルールなどを学習するプログラムの創設を検討することとされているところであります。
文部科学省として、当該プログラムの創設に向けまして…
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- (上の発言)
142
後藤翔太(参政)
ありがとうございます。
今、先ほど私は日本語を入場券と表現しましたが、これはネーションが拡張可能であるということを意味しているというふうに思います。ただ、ネーションは拡張可能ですが、無限ではなく、会ったことがなくても同じ仲間と思える範囲にとどまると指摘されています。
今、日本というネーションにある戸惑い、つまり、外国人問題は、これまで自分たちのネーションを構成してきたものとは異なる背景を持つエスニックな人々と直面していることにあり、同じ仲間だと思いづらいということが問題だというふうに考えます。
ただ、日本というネーションがそういった異なる背景を持つ人々に直面したのはこれまでの日本の歴史で現代が初めてなのかというと、そうではありません。歴史を遡ると、一九一九年、日本は第一次世界大戦のパリ講和会議により、旧ドイツ領のミクロネシアを国際連盟の委任統治領の南洋群島としてC式委任統治をすることになりました。C式委任統治は併合ではないため、自国領土とはできないものの、実態的には隠された併合と呼ばれていたそうです。
ここで、日本は、領域の中に、これまで包摂した東アジアの人々とは背景の異なるチャモロ人やカロリン人と呼ばれる人々を抱えることになりました。南洋群島を委任統治するための省庁である南洋庁が設立され、現地人向けの教育制度、インフラを整備しました。最終的には、公学校、公学校補習科、木工徒弟養成所という中等教育レベルまで学校が設立され、実際に運営されていました。南洋庁設置以降、現地児童は公学校に、日本人児童は小学校に通い、同じ学校には通いませんでしたが、教員と公学校と小学校間での異動は頻繁にあり、日本人教員と現地児童が教育を介して触れ合いを持ちました。要するに、日本は、こうした日本語を用い、教育を通じて、異なる背景を持つ人々を同じネーションに包摂しようとした歴史があるということです。
ここで、政府参考人に伺いたいと思います。
南洋庁は終戦後に廃止されましたが、南洋庁が南洋群島で実施していた共同体を拡張しようとした教育行政の蓄積が文部科学省に引き継がれているところはあるのでしょうか。
143塩塩見みづ枝文部科学省総合教育政策局長
お答えいたします。
御指摘の南洋庁の所管につきましては、終戦後、文部科学省に移管されていないものと認識しております。
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144
後藤翔太(参政)
ありがとうございます。
文献でも非常にデータが少ないということが指摘されているので、そのような回答だろうというふうに考えておりました。
もう一段、この歴史を掘り下げて考えてみたいと思います。
ここで行われた教育は、公民化政策や同化政策として、戦後は情緒的な批判をもって総括されています。しかし、このことが歴史的な評価や振り返りを限定的なものとし、真に得られる教訓が見落とされている可能性があるのではないかと私は考えました。
同化政策を行うということは、その善しあしの評価をする前に、前提として、南洋群島の現地人は日本人と同化できる、すなわち教育によって…
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松本洋平(自民)文部科学大臣
日本で生活、滞在する外国人の方々には、日本語や我が国のルール、制度などを学び、我が国社会及び居住する地域コミュニティーの一員といたしまして責任ある行動を取ることが求められます。このような視点から、文部科学省では外国人の児童生徒から大人までを対象といたしました日本語教育の充実に取り組んでいるところであります。
なお、教育に関する考え方や教育行政の在り方は戦後の改革を経て大きく変化をしております。御指摘の南洋庁による南洋諸島の同化政策から現代の外国人に対する日本語教育への教訓を得ることは考えておりません。
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