伊勢崎賢治 (れいわ新選組)

2026年7月16日・第221回国会 参議院 内閣委員会 第20号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 44 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 203 発言)

議員会館の私の部屋には、一枚の国連旗が飾ってあります。かつて、私は、国連PKOの現場責任者として、内戦で焦土と化した紛争地、この場合、東ティモールでした、ここでは戦闘で、私の管轄してきた兵士が、殉職者が二名出してしまいました。この執務室に掲げてある国連旗というのは、この当時、国連の存在を示すために命懸けで掲げ、そして維持し続けた旗であります。汚れたその旗には、私の離任の際、部下たちが書き込んだ文字が埋まっております。資料一です。実はこのとき、ニューヨークの国連本部にこの部下の計画を告発した者がおり、問題になりかけました。

国連には国連旗に対する大変に厳格な取扱規則があります。これを国連旗コード、ユナイテッド・ネーション・フラッグ・コードといいます。ちなみに、国連旗というのは加盟国、日本を含む加盟国の国旗より地位が上であります。このように考えられております。その八条にはこう明記されております。いかなる性質のマーク、バッジ、文字、言葉、図形、デザイン、写真又は絵も、国連旗の上に置かれ、又は取り付けてはならないと。これは、旗だけではなくて、そのさおとか縄までであります。大変に厳格です。

ですので、私の部下がやったことはこの第八条に完全に違反しておりました。しかし、彼らは全く意に介することなく、その計画を実行しました。だから僕の部屋にこれがあるわけであります。

ちなみに、この国連旗コードには違反者に対する刑罰は存在しません。国連旗は、国連に対して激しい不満や抗議を持つ人々によってじゅうりんされることがあります。多々あります。でも、刑罰で縛れば、国連旗が持つ平和と対話の象徴としての力を自ら損なうことになります。

そして、国連旗の尊厳、国連旗の尊厳とは、現場から遠く離れたニューヨーク本部の、国連本部のエアコンの効いた部屋で踏ん反り返っている高級国連官僚が決めるものではありません。その旗の下の現場で任務に当たっている者たちがどれほどの犠牲を払っているか、そして彼らがその旗に払う敬意ときずな、それによってのみ旗は輝くのであります。

先日のこの委員会の質疑で私は、元海将、自衛隊の海将の伊藤参考人に、戦前の日本に国旗損壊罪が存在しなかった歴史的事実を確認しました。あの時代ですら、我が国旗を罰則で守る必要はなかった。

明治期の海軍大佐、真田鶴松氏は、その著書「日章旗考」においてこう書き残しております。ある人はこう尋ねるかもしれません、刑法に我が国の国旗を傷つける行為への罰則がないのは法律の欠陥ではないのかと。私は、これにこう答えたいと思います。もし仮にそれを法律の欠陥だと言うなら、あえてその欠陥のままにしてある理由こそが深く、そして極めて奥深いものなのですと。それこそが私たち日本人が誇るべきことなのであると。

私は、伊藤参考人に、こういうことを言える武人は格好いいと思いませんかと問いかけました。伊藤参考人は本法案を肯定する立場でありますが、同意していただけました。

法案提出者にお伺いします。

刑罰という国家の強制力に頼らなければ国旗の尊厳を守れないというのであれば、それは日本人の道徳心に対する国家の敗北宣言ではないでしょうか。どうぞ。

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