木下昌彦神戸大学大学院法学研究科教授

2026年7月14日・第221回国会 参議院 内閣委員会 第19号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 12 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 95 発言)

ありがとうございます。

繰り返しになりますけれども、表現内容と表現内容中立規制の区別につきましては、本法案は、やはり不快又は嫌悪の情を催させるという、それ自体が構成要件になっておりますので、その不快や嫌悪の情を催させるということ、それ自体が表現行為の内容であるというふうに考えます。

表現行為をしますと、やはり人を動かすために表現行為を、人の感情を動かすために表現行為を行っておりますので、その表現行為にまさに着目し、表現行為の結果ですね、人の心がこういうふうに動くものということで構成要件が規定されていることになりますので、内容規制であろうというふうに考えております。

また、御指摘いただきましたように、不快というものがどういうものなのかというのが、いかに客観的に判断すると言われましても、その具体的な中身が分かりませんので、国民としては、もしかしたら、例えば捜査官とか検察官とかがこういう思想を表現する人を狙い撃ちにするんではないかという危惧が当然あるわけです。

表面上は客観的に判断したというふうに言われるかもしれませんけれども、そういうふうに構成要件が不明確ですので、実質的には恣意的な運用ということもあり得るわけです。そういう恣意的な運用があり得る以上、やはりこういう表現はやめておこうということで萎縮をしてしまうということになります。

今、私申し上げましたように、萎縮するということは、やはり表現の自由にとっては一番致命的でして、仮に表現の自由として保護され、あるいは人々の心を動かすようなものであったとしても、それをやめてしまうということになるわけです。その意味で、本法案については、内容規制であると同時に構成要件も不明確であるという問題を抱えていると思います。

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