それでは、お話しさせていただきます。
今日のウクライナは明日の東アジアかもしれないという岸田文雄首相の言葉は広く各方面に影響を与えたようです。しかし、私は、これは日本国の首相の言葉としては適切ではないと思いました。ソ連という大国を構成しているロシアとウクライナ、構成していたロシアとウクライナの間で始まった兄弟殺しの戦争ですから、戦争をその地域に封じ込め、速やかに停止させ、戦火がよその地域へ、私たちの地域へ拡大するのを防ぐことが必要です。
一九四一年六月、ドイツがソ連に侵攻したとき、ソ連の極東地方は直前に結ばれた日ソ中立条約で平和が保障されていました。あのとき、日本がヒトラーを助けるつもりでソ連を攻めなかったことは、戦前唯一賢明な選択であったと思います。歴史はこのように続いているのです。
第二点に参ります。
日本が位置する東アジアは平和な地域で、最近になって戦争の気配が感じられるようになったと考える人がいるとしたら、途方もない間違いです。日清戦争から大東亜戦争まで、この地域では絶え間なく戦争が続いていました。この五十年続いた戦争の主役は日本でした。この時代は一九四五年八月十五日に日本の降伏で終わりました。
だが、それから僅か五年後、日本から独立した朝鮮に生まれた二つの国家が国土統一を目指して戦争を開始しました。この戦争は、米ソ冷戦最前線の戦争、朝鮮における米中戦争に転化しました。敗戦国日本は米軍の単独占領下にある従属国でしたので、米軍の命令で米軍、国連軍に全面的に協力させられました。米軍は日本から絶え間なく出撃し、共産軍と北朝鮮を爆撃しました。他方で、米国は、台湾を中国共産党軍より防衛するとして、第七艦隊を台湾海峡に派遣しました。台湾の国民党軍は朝鮮戦争に参戦しませんでしたが、国連軍に各種の兵たん支援を行いました。一九五一年、サンフランシスコ平和条約によって日本は独立したことになったのですが、同時に日米安保条約とアチソン・吉田交換公文を結び、占領当時と変わりなく、米軍、国連軍の戦争の基地であり続けました。
一九五三年七月、朝鮮戦争は停戦協定の調印により、撃ち方やめの両軍対峙状況に入りました。停戦協定は、高い水準の政治会談、会議を開催し、朝鮮問題の平和的解決を図ることを予定していましたが、開かれたジュネーブ会議は解決をもたらさず、朝鮮半島は停戦協定のまま、両軍対峙の状態のまま七十年を過ごしました。
今から振り返れば、この間、問題の軍事的解決に戻ることなく停戦状態を守り続けたのは、南北朝鮮民族の英知と勇気であったと、称賛に値すると思います。しかし、軍事境界線を挟んだ韓国軍・米軍、国連軍対朝鮮人民軍の対立は残り、東北アジアの変わらぬ軍事的緊張の原点です。
台湾に生き延びた中華民国政府は、台湾海峡を挟んで大陸中国と対立しています。中国は、一九七七年に米国と和解し、目覚ましい経済成長を遂げ、世界第二位の超大国になりました。台湾の経済成長も目覚ましいものであります。最近では、大陸中国は、米国の台湾保護、台湾の独立志向に強く反発し、軍事的威嚇を加えています。両岸問題は、今日、東北アジアの緊張の第二の焦点となっています。
その上に、東北アジア地域は、中ロ米の核大国が顔を突き合わせ、新たに北朝鮮が核保有国として加わり、米軍の基地を抱え、米国の核の傘の下にある韓国と日本が核保有四国の間にあるという、まさに人類核危機の中心です。この地域で戦争が起これば、世界核戦争になってしまいます。ですから、この地域でどういう理由であれ戦争を起こさないということが、そのために最大限の努力を払うことが必要です。
第三点ですが、目下のところ、この地域の最大の問題は、日本と朝鮮民主主義人民共和国との敵対関係です。全ての国は、隣国と正常な国交を持たなければ平和に生きられません。それなのに、日本は隣国五か国のうち唯一北朝鮮とだけ国交を持っていません。この国を三十六年間植民地にしてきた歴史を八十年たっても清算していないのです。
日朝国交正常化交渉は、一九九一年に開始されましたが、九二年に決裂します。そして、二〇〇〇年に再開され、二〇〇二年九月の小泉・金正日会談で合意に至り、平壌宣言が発されました。拉致問題の交渉も大きく進み、生存拉致被害者五人が帰国しました。だが、二〇〇四年、薮中局長が横田めぐみさんの遺骨として持ち帰ったものから横田さんとは別人のDNAが検出されたという報告が出され、細田官房長官は、この骨は他人のものだと断定し、北朝鮮に強く抗議したわけです。これによって、日朝交渉は決裂してしまいます。
他方で、二〇〇五年九月には、日本が推進した六者協議は画期的な合意に到達しました。日朝国交正常化、朝米国交正常化の約束と北朝鮮核兵器計画の放棄を同時実現するという内容でした。だが、この合意は直ちに潰されてしまいます。二〇〇六年六月、小泉内閣は、拉致問題その他北朝鮮当局による人権侵害問題への対処に関する法律、いわゆる北朝鮮人権法を制定し、北朝鮮と対決する方針を打ち出しました。同年九月、安倍晋三新首相は、内閣を挙げて拉致問題対策本部を組織し、全ての拉致被害者の生還を強く求めていきますと宣言しました。同年十月、北朝鮮が最初の核実験を行うと、北朝鮮船舶の入港禁止、北朝鮮からの輸入の全面禁止、北朝鮮国籍者の入国禁止を決定しました。やがて制裁は貿易と交流の全面遮断に行き着くのです。その後、二〇一四年、ストックホルム合意により、交渉再開への希望が生まれましたが、田中実氏の生存を明らかにした調査結果は不満だとして、安倍第二次政府は報告書の受取を拒否しました。これによって対立、交渉は決裂してしまいます。
核・ミサイル開発を進める北朝鮮と米国の対立が激化する中で、二〇一七年三月六日、北朝鮮は秋田沖三百キロの日本の排他的経済水域内に中距離ミサイル三発を撃ち込み、翌日、この発射は、不測の事態が起きた場合、日本に駐留する米軍の基地を攻撃する任務を持つ砲兵部隊によって実施されたと発表しました。
この状況に至っても、安倍首相から石破首相まで歴代の首相は、拉致問題が自分の政権の最重要課題であるとし、被害者全員の帰国を要求して、金正恩委員長との会談を希望すると繰り返すばかりでした。さらに、日朝平壌宣言に基づき、拉致、核、ミサイルといった諸懸案を解決し、国交正常化を目指しますと施政方針演説で繰り返してはおります。しかし、日本政府は、この間、ブルーリボンのバッジを大臣の胸に付けて、米国大統領に拉致問題の支援をお願いするという以上のことはできていないのです。
拉致問題は日本国家の最重要課題だというわけですから、何としても交渉を最後まで行って、解決をしなければなりません。そのためにも、日朝国交正常化交渉を再開しなければならないわけです。小泉首相と田中局長が拉致問題の解決を、交渉を大きく前進させ得たのは、日朝国交交渉の中で拉致問題の交渉を進めたからです。
国交正常化交渉を再開するには、二〇〇六年の北朝鮮人権法による制裁と攻撃の姿勢が改められなければなりませんが、少なくとも朝鮮高校を高校教育無償化措置の対象から除外している政策の修正がなされなければならないということは誰もが了解している点だと思います。北朝鮮側は拉致を認め、謝罪し、五人とその家族を日本に帰国、渡日させ、さらに三回も白紙に戻して被害者生死の調査をしているのです。その三回目の調査報告の受取すら拒否しているのは日本です。その報告書の受取を拒否しておいて、金正恩委員長との交渉を求めるというのは、外交的には余りに無礼な態度ではないかと私は思います。
拉致問題で言わば最後の交渉に進めるには、北朝鮮側の報告を受け取ってどのように判断するかということを考えておかなければなりません。帰国した拉致被害者五人から聞き取りをした拉致対策本部の記録があります。その記録を、隠されておりますが、この記録を公開してもらい、両院の拉致問題特別委員会等でこれを検証して、北朝鮮側の五名生存、八名死亡、二名不入境、さらに一名不入境、一名生存という報告を受け入れるかどうかについて最終的な結論を出すことができると思います。
いずれにしても、日本としては、生存している可能性のある者については帰国させよ、あるいは帰国を待つ、死亡したと考えるほかない者については、その死の責任は北朝鮮側にあるとして、正当な賠償金を支払えと主張するほかはありません。
拉致問題の解決に至れば、国交正常化交渉をまとめ、経済協力の交渉が終わらなくても、国交正常化を断行すべきであると思います。日朝間の敵対、対立を解いていくためには、核・ミサイル問題の交渉を行うためには、日朝国交正常化が必要です。
第四点。さらに、日本は東北アジア地域の戦争の引き金になり得る領土問題を国論とするのをやめるべきだと思います。
サンフランシスコ平和条約において、日本は、朝鮮、台湾、千島、南樺太、南洋諸島に対する全ての権利、請求権を放棄しました。しかし、その後、日本は、降伏の結果失った南千島は固有の領土であるとして、その回復要求をソ連、ロシアに対して提起するようになりました。大変な御努力があったわけですが、あわせて、色丹島、歯舞諸島の返還も要求しております。
韓国に対しては、韓国が日本から独立するに当たって独島までを自国の領土として主張しているのを認めずに、平和条約で放棄した朝鮮の附属島嶼には独島は入っていないとして、固有領土たる竹島を返せと主張しています、主張してきました。
日本は憲法九条で国際紛争を解決する手段として武力を行使することを永久にしないと誓約しておる国家ですから、これまでは無事に済みました。しかし、今や憲法九条を改正して日本の領土を守る軍隊の存在を憲法に書き込もうという動きがあるようですが、そうなれば領土要求は戦争の原因になりかねません。
個別に申せば、ロシアとの関係で放棄した千島列島に択捉、国後島は含まれていないと主張することは地理学上、歴史学上の常識に反しており、成り立ちません。日本はロシアとの間に平和条約を結ぶとすれば、これらの島のソ連領有を確認するほかありません。だが、そうすれば、そこで平和条約を結べば、一九五六年の日ソ共同宣言第九項により、ソ連の継承国家が平和条約締結後に日本国の要望に応え、かつ日本国の利益を考慮して歯舞群島及び色丹島を日本国に引き渡すとの旧ソ連政府の約束を履行すると期待できます。今となってみれば、これが最後の希望です。
竹島については、日本に国土全体を奪われていた朝鮮が、独立に当たって、奪われていた領土の中には独島が含まれていると宣言している以上、日本としてはそれを認めるほかはないでしょう。ただし、経済水域は、鬱陵島と隠岐の島の中間線に決めるように主張しなければなりません。
また、中国が領土主張をしている尖閣諸島については日中間で直ちに交渉を開始するべきだと思います。この方面の国境線については日中国交正常化の際の合意がつくられていなかったのは明らかなのですから。
第五点です。
東北アジアは、ロシア、中国、朝鮮民主主義人民共和国、大韓民国、日本、米国、六国より成ると考えられます。日本がこの地域について国家的な文書で言及した最初は、二〇〇二年の日朝平壌宣言でした。その第四項は次のとおりです。双方は、北東アジア地域の平和と安定を維持、強化するため、互いに協力していくことを確認した、この合意が中国、米国を動かし、二〇〇三年から日朝中米韓ロの六者協議が始まったのです。この六者協議の経験は私たちの地域の歴史の中の最高の光であり、今日立ち返るべき出発点がここにあります。
今日、東南アジアではASEANの働きがよく知られております。ASEANは一九六七年にできましたが、一九九五年にはベトナムを加えて、そしてASEAN地域フォーラム、ASEANプラス3、そして東アジア・サミットを発足させるような立派な活動をしております。
とすれば、私たちの地域でもASEANに倣って東北アジア諸国の恒常的な連絡、協議の形をつくることが可能でもあり、必要でもあると考えられます。最初は単なるオーガナイゼーションから出発すべきでしょう。私たちの地域には、緊急時の連絡組織、ホットラインを持つことが最小限の必要事だからです。ですから、まずオーガナイゼーション・オブ・ノースイースト・エーシャン・ネーションズ、ONEANをつくりまして会議を開くことにすべきだと思います。
この六国でこれを構成した会議ですが、この会議の下に下部会議として、第一に東北アジア島嶼会議を持つ必要があります。海南島、台湾、沖縄、済州島、サハリン、北海道、択捉島、ハワイの八島がメンバー候補です。それから、第二は東北アジア都市会議です。台北、北京、平壌、ソウル、ウラジオストク、ユジノサハリンスク、東京、アンカレジ、ホノルル、九都市の代表です。さらには、ONEANのプラス4の会議も開催すべきだと思います。プラス4は、モンゴル、ベトナム、フィリピン、カナダです。
全ての会議が動き出せば、ONEANの六か国はこの組織の基本原則について討議し、確認していく必要があります。まず、六か国は、朝鮮戦争の停戦協定を尊重することを確認し、日米中ロ四か国は、朝鮮民族が朝鮮の平和的統一を願うならその意思を尊重するということを確認する。さらに、六か国は、台湾が中国の一部であると認め、日米韓朝ロ五か国は両岸の平和的な融合を妨げないことを確認すると。
これらの原則が確認されれば、ONEANはASEANと並ぶことができます。アソシエーション・オブ・ノースイースト・エーシャン・ネーションズ、東北アジア諸国連合です。この団体がASEANと協力して、東アジア太平洋全域の平和、協力、共生のために努力していきます。
超過しまして、失礼しました、どうも。以上です。
2
鈴木宗男(自民)
国際問題に関する調査を議題といたします。
本日は、「世界の平和と安定に向けた日本の役割」のうち、「現下の国際情勢と世界の安定に向けた日本外交」に関し、「東アジアの安定に向けた課題」について二人の参考人から御意見をお伺いした後、質疑を行います。
御出席をいただいております参考人は、元駐中国特命全権大使・公益財団法人日中友好会館会長宮本雄二さん、東京大学名誉教授和田春樹さんでございます。
この際、参考人の皆様に一言御挨拶を申し上げます。
本日は、御多忙のところ御出席いただき、誠にありがとうございます。
お二人から忌憚のない御意見を賜りまして、今後の…
この発言のページ
3宮宮本雄二元駐中国特命全権大使/公益財団法人日中友好会館会長
宮本でございます。
二十数年ぶりに国会の場で発言する機会を与えられて、また緊張しますね。昔を思い出してまた緊張いたしておりますが。
私は、一九四六年の生まれでございまして、戦争に負けた後生まれたと。物心付いて、どうして日本は負けると分かっていた戦争をしたのだろうと。これは私、どうしても、大人に聞いても分からない、どうしても分からない私の課題でございまして、折に触れて本を手にし、自分で考え、今日までそれは続いてきております。
私は、戦前の日本は幾つか大きな間違いをしたというふうに思っております。その一つが、中国に対する認識を間違ったということでありま…
この発言のページ
4
鈴木宗男(自民)
ありがとうございました。
次に、和田参考人にお願いいたします。和田参考人。
この発言のページ
- (上の発言)
5和和田春樹東京大学名誉教授
それでは、お話しさせていただきます。
今日のウクライナは明日の東アジアかもしれないという岸田文雄首相の言葉は広く各方面に影響を与えたようです。しかし、私は、これは日本国の首相の言葉としては適切ではないと思いました。ソ連という大国を構成しているロシアとウクライナ、構成していたロシアとウクライナの間で始まった兄弟殺しの戦争ですから、戦争をその地域に封じ込め、速やかに停止させ、戦火がよその地域へ、私たちの地域へ拡大するのを防ぐことが必要です。
一九四一年六月、ドイツがソ連に侵攻したとき、ソ連の極東地方は直前に結ばれた日ソ中立条約で平和が保障されていました。あのとき、日本がヒトラーを助けるつもりでソ連を攻めなかったことは、戦前唯一賢明な選択であったと思います。歴史はこのように続いているのです。
第二点に参ります。
日本が位置する東アジアは平和な地域で、最近になって戦争の気配が感じられるようになったと考える人がいるとしたら、途方もない間違いです。日清戦争から大東亜戦争まで、この地域では絶え間なく戦争が続いていました。この五十年続いた戦争の主役は日本でした。この時代は一九四五年八月十五日に日本の降伏で終わりました。
だが、それから僅か五年後、日本から独立した朝鮮に生まれた二つの国家が国土統一を目指して戦争を開始しました。この戦争は、米ソ冷戦最前線の戦争、朝鮮における米中戦争に転化しました。敗戦国日本は米軍の単独占領下にある従属国でしたので、米軍の命令で米軍、国連軍に全面的に協力させられました。米軍は日本から絶え間なく出撃し、共産軍と北朝鮮を爆撃しました。他方で、米国は、台湾を中国共産党軍より防衛するとして、第七艦隊を台湾海峡に派遣しました。台湾の国民党軍は朝鮮戦争に参戦しませんでしたが、国連軍に各種の兵たん支援を行いました。一九五一年、サンフランシスコ平和条約によって日本は独立したことになったのですが、同時に日米安保条約とアチソン・吉田交換公文を結び、占領当時と変わりなく、米軍、国連軍の戦争の基地であり続けました。
一九五三年七月、朝鮮戦争は停戦協定の調印により、撃ち方やめの両軍対峙状況に入りました。停戦協定は、高い水準の政治会談、会議を開催し、朝鮮問題の平和的解決を図ることを予定していましたが、開かれたジュネーブ会議は解決をもたらさず、朝鮮半島は停戦協定のまま、両軍対峙の状態のまま七十年を過ごしました。
今から振り返れば、この間、問題の軍事的解決に戻ることなく停戦状態を守り続けたのは、南北朝鮮民族の英知と勇気であったと、称賛に値すると思います。しかし、軍事境界線を挟んだ韓国軍・米軍、国連軍対朝鮮人民軍の対立は残り、東北アジアの変わらぬ軍事的緊張の原点です。
台湾に生き延びた中華民国政府は、台湾海峡を挟んで大陸中国と対立しています。中国は、一九七七年に米国と和解し、目覚ましい経済成長を遂げ、世界第二位の超大国になりました。台湾の経済成長も目覚ましいものであります。最近では、大陸中国は、米国の台湾保護、台湾の独立志向に強く反発し、軍事的威嚇を加えています。両岸問題は、今日、東北アジアの緊張の第二の焦点となっています。
その上に、東北アジア地域は、中ロ米の核大国が顔を突き合わせ、新たに北朝鮮が核保有国として加わり、米軍の基地を抱え、米国の核の傘の下にある韓国と日本が核保有四国の間にあるという、まさに人類核危機の中心です。この地域で戦争が起これば、世界核戦争になってしまいます。ですから、この地域でどういう理由であれ戦争を起こさないということが、そのために最大限の努力を払うことが必要です。
第三点ですが、目下のところ、この地域の最大の問題は、日本と朝鮮民主主義人民共和国との敵対関係です。全ての国は、隣国と正常な国交を持たなければ平和に生きられません。それなのに、日本は隣国五か国のうち唯一北朝鮮とだけ国交を持っていません。この国を三十六年間植民地にしてきた歴史を八十年たっても清算していないのです。
日朝国交正常化交渉は、一九九一年に開始されましたが、九二年に決裂します。そして、二〇〇〇年に再開され、二〇〇二年九月の小泉・金正日会談で合意に至り、平壌宣言が発されました。拉致問題の交渉も大きく進み、生存拉致被害者五人が帰国しました。だが、二〇〇四年、薮中局長が横田めぐみさんの遺骨として持ち帰ったものから横田さんとは別人のDNAが検出されたという報告が出され、細田官房長官は、この骨は他人のものだと断定し、北朝鮮に強く抗議したわけです。これによって、日朝交渉は決裂してしまいます。
他方で、二〇〇五年九月には、日本が推進した六者協議は画期的な合意に到達しました。日朝国交正常化、朝米国交正常化の約束と北朝鮮核兵器計画の放棄を同時実現するという内容でした。だが、この合意は直ちに潰されてしまいます。二〇〇六年六月、小泉内閣は、拉致問題その他北朝鮮当局による人権侵害問題への対処に関する法律、いわゆる北朝鮮人権法を制定し、北朝鮮と対決する方針を打ち出しました。同年九月、安倍晋三新首相は、内閣を挙げて拉致問題対策本部を組織し、全ての拉致被害者の生還を強く求めていきますと宣言しました。同年十月、北朝鮮が最初の核実験を行うと、北朝鮮船舶の入港禁止、北朝鮮からの輸入の全面禁止、北朝鮮国籍者の入国禁止を決定しました。やがて制裁は貿易と交流の全面遮断に行き着くのです。その後、二〇一四年、ストックホルム合意により、交渉再開への希望が生まれましたが、田中実氏の生存を明らかにした調査結果は不満だとして、安倍第二次政府は報告書の受取を拒否しました。これによって対立、交渉は決裂してしまいます。
核・ミサイル開発を進める北朝鮮と米国の対立が激化する中で、二〇一七年三月六日、北朝鮮は秋田沖三百キロの日本の排他的経済水域内に中距離ミサイル三発を撃ち込み、翌日、この発射は、不測の事態が起きた場合、日本に駐留する米軍の基地を攻撃する任務を持つ砲兵部隊によって実施されたと発表しました。
この状況に至っても、安倍首相から石破首相まで歴代の首相は、拉致問題が自分の政権の最重要課題であるとし、被害者全員の帰国を要求して、金正恩委員長との会談を希望すると繰り返すばかりでした。さらに、日朝平壌宣言に基づき、拉致、核、ミサイルといった諸懸案を解決し、国交正常化を目指しますと施政方針演説で繰り返してはおります。しかし、日本政府は、この間、ブルーリボンのバッジを大臣の胸に付けて、米国大統領に拉致問題の支援をお願いするという以上のことはできていないのです。
拉致問題は日本国家の最重要課題だというわけですから、何としても交渉を最後まで行って、解決をしなければなりません。そのためにも、日朝国交正常化交渉を再開しなければならないわけです。小泉首相と田中局長が拉致問題の解決を、交渉を大きく前進させ得たのは、日朝国交交渉の中で拉致問題の交渉を進めたからです。
国交正常化交渉を再開するには、二〇〇六年の北朝鮮人権法による制裁と攻撃の姿勢が改められなければなりませんが、少なくとも朝鮮高校を高校教育無償化措置の対象から除外している政策の修正がなされなければならないということは誰もが了解している点だと思います。北朝鮮側は拉致を認め、謝罪し、五人とその家族を日本に帰国、渡日させ、さらに三回も白紙に戻して被害者生死の調査をしているのです。その三回目の調査報告の受取すら拒否しているのは日本です。その報告書の受取を拒否しておいて、金正恩委員長との交渉を求めるというのは、外交的には余りに無礼な態度ではないかと私は思います。
拉致問題で言わば最後の交渉に進めるには、北朝鮮側の報告を受け取ってどのように判断するかということを考えておかなければなりません。帰国した拉致被害者五人から聞き取りをした拉致対策本部の記録があります。その記録を、隠されておりますが、この記録を公開してもらい、両院の拉致問題特別委員会等でこれを検証して、北朝鮮側の五名生存、八名死亡、二名不入境、さらに一名不入境、一名生存という報告を受け入れるかどうかについて最終的な結論を出すことができると思います。
いずれにしても、日本としては、生存している可能性のある者については帰国させよ、あるいは帰国を待つ、死亡したと考えるほかない者については、その死の責任は北朝鮮側にあるとして、正当な賠償金を支払えと主張するほかはありません。
拉致問題の解決に至れば、国交正常化交渉をまとめ、経済協力の交渉が終わらなくても、国交正常化を断行すべきであると思います。日朝間の敵対、対立を解いていくためには、核・ミサイル問題の交渉を行うためには、日朝国交正常化が必要です。
第四点。さらに、日本は東北アジア地域の戦争の引き金になり得る領土問題を国論とするのをやめるべきだと思います。
サンフランシスコ平和条約において、日本は、朝鮮、台湾、千島、南樺太、南洋諸島に対する全ての権利、請求権を放棄しました。しかし、その後、日本は、降伏の結果失った南千島は固有の領土であるとして、その回復要求をソ連、ロシアに対して提起するようになりました。大変な御努力があったわけですが、あわせて、色丹島、歯舞諸島の返還も要求しております。
韓国に対しては、韓国が日本から独立するに当たって独島までを自国の領土として主張しているのを認めずに、平和条約で放棄した朝鮮の附属島嶼には独島は入っていないとして、固有領土たる竹島を返せと主張しています、主張してきました。
日本は憲法九条で国際紛争を解決する手段として武力を行使することを永久にしないと誓約しておる国家ですから、これまでは無事に済みました。しかし、今や憲法九条を改正して日本の領土を守る軍隊の存在を憲法に書き込もうという動きがあるようですが、そうなれば領土要求は戦争の原因になりかねません。
個別に申せば、ロシアとの関係で放棄した千島列島に択捉、国後島は含まれていないと主張することは地理学上、歴史学上の常識に反しており、成り立ちません。日本はロシアとの間に平和条約を結ぶとすれば、これらの島のソ連領有を確認するほかありません。だが、そうすれば、そこで平和条約を結べば、一九五六年の日ソ共同宣言第九項により、ソ連の継承国家が平和条約締結後に日本国の要望に応え、かつ日本国の利益を考慮して歯舞群島及び色丹島を日本国に引き渡すとの旧ソ連政府の約束を履行すると期待できます。今となってみれば、これが最後の希望です。
竹島については、日本に国土全体を奪われていた朝鮮が、独立に当たって、奪われていた領土の中には独島が含まれていると宣言している以上、日本としてはそれを認めるほかはないでしょう。ただし、経済水域は、鬱陵島と隠岐の島の中間線に決めるように主張しなければなりません。
また、中国が領土主張をしている尖閣諸島については日中間で直ちに交渉を開始するべきだと思います。この方面の国境線については日中国交正常化の際の合意がつくられていなかったのは明らかなのですから。
第五点です。
東北アジアは、ロシア、中国、朝鮮民主主義人民共和国、大韓民国、日本、米国、六国より成ると考えられます。日本がこの地域について国家的な文書で言及した最初は、二〇〇二年の日朝平壌宣言でした。その第四項は次のとおりです。双方は、北東アジア地域の平和と安定を維持、強化するため、互いに協力していくことを確認した、この合意が中国、米国を動かし、二〇〇三年から日朝中米韓ロの六者協議が始まったのです。この六者協議の経験は私たちの地域の歴史の中の最高の光であり、今日立ち返るべき出発点がここにあります。
今日、東南アジアではASEANの働きがよく知られております。ASEANは一九六七年にできましたが、一九九五年にはベトナムを加えて、そしてASEAN地域フォーラム、ASEANプラス3、そして東アジア・サミットを発足させるような立派な活動をしております。
とすれば、私たちの地域でもASEANに倣って東北アジア諸国の恒常的な連絡、協議の形をつくることが可能でもあり、必要でもあると考えられます。最初は単なるオーガナイゼーションから出発すべきでしょう。私たちの地域には、緊急時の連絡組織、ホットラインを持つことが最小限の必要事だからです。ですから、まずオーガナイゼーション・オブ・ノースイースト・エーシャン・ネーションズ、ONEANをつくりまして会議を開くことにすべきだと思います。
この六国でこれを構成した会議ですが、この会議の下に下部会議として、第一に東北アジア島嶼会議を持つ必要があります。海南島、台湾、沖縄、済州島、サハリン、北海道、択捉島、ハワイの八島がメンバー候補です。それから、第二は東北アジア都市会議です。台北、北京、平壌、ソウル、ウラジオストク、ユジノサハリンスク、東京、アンカレジ、ホノルル、九都市の代表です。さらには、ONEANのプラス4の会議も開催すべきだと思います。プラス4は、モンゴル、ベトナム、フィリピン、カナダです。
全ての会議が動き出せば、ONEANの六か国はこの組織の基本原則について討議し、確認していく必要があります。まず、六か国は、朝鮮戦争の停戦協定を尊重することを確認し、日米中ロ四か国は、朝鮮民族が朝鮮の平和的統一を願うならその意思を尊重するということを確認する。さらに、六か国は、台湾が中国の一部であると認め、日米韓朝ロ五か国は両岸の平和的な融合を妨げないことを確認すると。
これらの原則が確認されれば、ONEANはASEANと並ぶことができます。アソシエーション・オブ・ノースイースト・エーシャン・ネーションズ、東北アジア諸国連合です。この団体がASEANと協力して、東アジア太平洋全域の平和、協力、共生のために努力していきます。
超過しまして、失礼しました、どうも。以上です。
6
鈴木宗男(自民)
ありがとうございました。
これより参考人に対する質疑を行います。
質疑は答弁時間を含め、お一人十分以内となるように御協力をお願いいたします。
なお、質疑及び答弁は着席のままで結構でございます。
質疑をお受けします。
原田秀一君。
この発言のページ
7原原田秀一(国民)
国民民主党・新緑風会の原田秀一です。
参考人の先生方、本日は貴重なお話をいただきまして、誠にありがとうございます。
まず、宮本参考人にお伺いさせていただきます。
東アジアにおいて、日米中の軍事バランスが構造的に変化し、かつ米国の関与の予見可能性が低下しています。また、台湾有事に関する高市総理の発言が中国に誤ったメッセージを与えています。こうした中で、我が国は現状をどう捉え、どのような行動指針を持つべきかについて質問をさせていただきます。
まず、宮本参考人は、中国が武力行使を踏み切るのは台湾が独立へ動くときであるという見解を示されていると理解してお…
この発言のページ
8宮宮本雄二元駐中国特命全権大使/公益財団法人日中友好会館会長
台湾問題はですね、一にかかって中国の内政問題です。
私は、一九九〇年代の終わり頃、江沢民さんの時代に北京に勤務いたしておりました。あのときに李登輝さんの総統再選の問題があって、江沢民の中国はミサイルの演習等をやって台湾に対して圧力を掛けました。それに対して、クリントン大統領が空母二隻を台湾海峡を通して、そういうことは許さないぞという実力を誇示したわけですね。
それ以来、中国はアメリカを寄せないという軍事力の増強に邁進するわけですが、あの段階でも、もし台湾が独立を宣言して、私どもは中国でみんなと議論していましたけれども、江沢民さんに、あのときにはもう明…
この発言のページ