国際問題に関する調査を議題といたします。
本日は、「世界の平和と安定に向けた日本の役割」のうち、「現下の国際情勢と世界の安定に向けた日本外交」に関し、「東アジアの安定に向けた課題」について二人の参考人から御意見をお伺いした後、質疑を行います。
御出席をいただいております参考人は、元駐中国特命全権大使・公益財団法人日中友好会館会長宮本雄二さん、東京大学名誉教授和田春樹さんでございます。
この際、参考人の皆様に一言御挨拶を申し上げます。
本日は、御多忙のところ御出席いただき、誠にありがとうございます。
お二人から忌憚のない御意見を賜りまして、今後の調査の参考にいたしたいと存じますので、どうかよろしくお願いをいたします。
次に、議事の進め方について申し上げます。
まず、宮本参考人、和田参考人の順にお一人二十分程度で御意見をお述べいただき、その後、二時間程度質疑を行いますので、御協力をよろしくお願いします。
また、御発言の際は、挙手をしていただき、その都度、会長の許可を得ることとなっておりますので、御承知おきをお願いします。
なお、御発言は着席のままで結構でございます。
それでは、まず宮本参考人からお願いをいたします。宮本参考人。
0会会議録情報政府参考人など
令和八年五月十三日(水曜日)
午後一時開会
─────────────
委員の異動
五月十二日
辞任 補欠選任
脇 雅昭君 神谷 政幸君
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出席者は左のとおり。
会 長 鈴木 宗男君
理 事
藤井 一博君
吉井 章君
塩村あやか君
原田 秀一君
窪田 哲也君
石井 苗子君
大津 力君
委 員
神谷 政幸君
鈴木 大地君
堀井 巌君
若井 敦子君
福士 珠美君
三上 えり君
庭田 幸恵君
伊藤 孝江君
石 平君
杉本 純子君…
この発言のページ
1
鈴木宗男(自民)
ただいまから国際問題に関する調査会を開会いたします。
委員の異動について御報告いたします。
昨日までに、脇雅昭君が委員を辞任され、その補欠として神谷政幸君が選任されました。
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この発言のページ
- (上の発言)
2
鈴木宗男(自民)
国際問題に関する調査を議題といたします。
本日は、「世界の平和と安定に向けた日本の役割」のうち、「現下の国際情勢と世界の安定に向けた日本外交」に関し、「東アジアの安定に向けた課題」について二人の参考人から御意見をお伺いした後、質疑を行います。
御出席をいただいております参考人は、元駐中国特命全権大使・公益財団法人日中友好会館会長宮本雄二さん、東京大学名誉教授和田春樹さんでございます。
この際、参考人の皆様に一言御挨拶を申し上げます。
本日は、御多忙のところ御出席いただき、誠にありがとうございます。
お二人から忌憚のない御意見を賜りまして、今後の調査の参考にいたしたいと存じますので、どうかよろしくお願いをいたします。
次に、議事の進め方について申し上げます。
まず、宮本参考人、和田参考人の順にお一人二十分程度で御意見をお述べいただき、その後、二時間程度質疑を行いますので、御協力をよろしくお願いします。
また、御発言の際は、挙手をしていただき、その都度、会長の許可を得ることとなっておりますので、御承知おきをお願いします。
なお、御発言は着席のままで結構でございます。
それでは、まず宮本参考人からお願いをいたします。宮本参考人。
3宮宮本雄二元駐中国特命全権大使/公益財団法人日中友好会館会長
宮本でございます。
二十数年ぶりに国会の場で発言する機会を与えられて、また緊張しますね。昔を思い出してまた緊張いたしておりますが。
私は、一九四六年の生まれでございまして、戦争に負けた後生まれたと。物心付いて、どうして日本は負けると分かっていた戦争をしたのだろうと。これは私、どうしても、大人に聞いても分からない、どうしても分からない私の課題でございまして、折に触れて本を手にし、自分で考え、今日までそれは続いてきております。
私は、戦前の日本は幾つか大きな間違いをしたというふうに思っております。その一つが、中国に対する認識を間違ったということでありま…
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4
鈴木宗男(自民)
ありがとうございました。
次に、和田参考人にお願いいたします。和田参考人。
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5和和田春樹東京大学名誉教授
それでは、お話しさせていただきます。
今日のウクライナは明日の東アジアかもしれないという岸田文雄首相の言葉は広く各方面に影響を与えたようです。しかし、私は、これは日本国の首相の言葉としては適切ではないと思いました。ソ連という大国を構成しているロシアとウクライナ、構成していたロシアとウクライナの間で始まった兄弟殺しの戦争ですから、戦争をその地域に封じ込め、速やかに停止させ、戦火がよその地域へ、私たちの地域へ拡大するのを防ぐことが必要です。
一九四一年六月、ドイツがソ連に侵攻したとき、ソ連の極東地方は直前に結ばれた日ソ中立条約で平和が保障されていました。…
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