宮本でございます。
二十数年ぶりに国会の場で発言する機会を与えられて、また緊張しますね。昔を思い出してまた緊張いたしておりますが。
私は、一九四六年の生まれでございまして、戦争に負けた後生まれたと。物心付いて、どうして日本は負けると分かっていた戦争をしたのだろうと。これは私、どうしても、大人に聞いても分からない、どうしても分からない私の課題でございまして、折に触れて本を手にし、自分で考え、今日までそれは続いてきております。
私は、戦前の日本は幾つか大きな間違いをしたというふうに思っております。その一つが、中国に対する認識を間違ったということであります。
中国は、一九一九年、五四運動が始まりますが、それからナショナリズム、愛国主義、そういうのがようやく国民に根付き始めます。それを踏まえて中国国民党は力を付け、そのど真ん中から中国共産党は生まれたわけでありますが、このナショナリズム、これに対する理解が十分でないまま日本は中国に足を踏み入れ、あの泥沼に陥ってしまったということであります。したがいまして、中国の、あの中国に対する認識の間違いというのがあったと思っております。
それから、その次は、実は戦前の日米の唯一の本質的な対立点は中国問題だけだったんです。中国の市場を開けというアメリカの要求、中国から撤退しろというアメリカの要求、それを日本がのまなかったということであります。したがって、太平洋戦争に導いていくその出発点は中国問題だったということです。
その意味で、我々は、アメリカの理解が不十分であったということであります。米中、今日もまた想像されますが、似たような構図が戦前もあって、日本は判断ミスをしたということであります。これは重く受け止めて我々はやっていかなきゃいけないと思います。
とりわけ、昨年、トランプ大統領が再選をされて、そして世界は再び激動の中に放り込まれまして、私は、必然的に、一九二九年、ウォール街の株の大暴落に始まる世界大恐慌、それは結局、第二次大戦に導いていくわけでありますが、一九二九年を思い出し、そしてこの戦前の日本の間違いを思い出しました。やはり我々はしっかりと世界を見なければいけない、とりわけアメリカと中国をしっかり見なければいけないよ、そうしないと国を誤るということを改めて思いました。
同じように、このように、米中は、中国が台頭した結果、米中関係が世界の大きなところを決めるようになりました。戦後、我々が今直面しております様々な動き、その根源に中国の台頭があるのは間違いありません。中国が台頭したことによって世界は動揺しております。しかし、これは中国からすると大きくなったのに何だということでしょうが、客観的に見て、中国の台頭が世界を動揺させているということであります。
そして、その中国とアメリカが今こういう関係になっておりまして、米中関係をどう見るかというのが再び我々にとっての喫緊の課題になってまいりました。その米中関係を見るときに、いろんな、前提を申し上げますと、アメリカと中国は長期的な競争関係に入ります。これはもう一朝一夕に、簡単に動きません。その間本当に激しい戦いになるのか、そうじゃなくて手を結ぶのかと、これはアメリカ、中国の選択によっております。しかし、この両者が競争関係に入るというのは、これは間違いないと思います。
したがって、私は、今回、まさに今日、今晩から始まるトランプ大統領の訪中という極めて重要な出来事を見る一つの視点として、いろんな問題がどういうふうに解決された、どういうふうに扱われたという、そういう局面だけではなくて、アメリカと中国がどういうふうな国と国との関係をつくろうとしているのかと、ここをしっかりと眺めなければいけないというふうに思います。なぜならば、不安定で折に触れてぶつかり合う二国間関係は、アメリカにとっても中国にとっても都合が悪いわけです。国を運営し、外交をやっていこうとするときには、やっぱり予測可能性というのは極めて大事なわけです。予測可能性がなければ、全ての国にとってマイナスなわけですね。したがって、中国もアメリカも、彼らとしてはこの競争関係を管理したい。
したがって、私は、今回の米中首脳会談の最大の関心は、よく今言われております貿易委員会、投資委員会という、すなわち両国の協議の場ができるかどうか、これが非常に大きな意味を持っていると思います。この協議の場ができますと、これは恒常的に閣僚レベル、あるいは下のレベルでの意思疎通が始まります。それはやっぱり関係を安定させるんですね。
バイデン政権のときに、私が非常に注目しておりましたそういう米中の対話の場がありました。これは両国の首脳が合意してできたものです。名前は米中関係の指導原則を議論するチーム、これをつくって議論、その米中関係の指導原則を議論させるということで、これは間違いなく中国が言い出したと思います。こういう指導原則とかこういうのは中国好きですから。しかし、アメリカが同意してその議論に入った、すなわちアメリカと中国という、この二国間関係をどうするか、これを両国が話し始めていたんです、バイデン政権のときには。流れとしてはそういうふうになるんですね。
ですから、一方で、米中がぶつかり合うその余波を我々は受けますので大変ですけれども、しかし同時に、米中がそういう方向で両国関係を安定させる、この動きもあるんだと、これも同時に眺めていきませんと、我々、米中関係を正しく見ることにならないだろうというふうに思っております。
そういう大きな情勢の中で、東アジアを見ますと、これはもう運が良かったんですよ。すなわち、もうベトナム戦争で、戦争が終わって、その後、一回、中国が教訓を与えるといってベトナムに入りましたけれども、基本的には平和が続いて、なおかつその東アジアの経済のリーダーになったのが日本で良かったですよ。なぜならば、日本はほかの国が発展するのを助けましたね。ですから、日本がまず発展して、韓国、台湾、香港、シンガポール、こういうところは後で、いわゆる雁行型、あの経済発展という東アジアの経済発展モデル。おかげでASEANも含めた全体の経済発展ができましたでしょう。
そして、ついに今や、アジア、特に東アジアが世界経済のエンジンだと言われるぐらいになったんですね。これは、やっぱり平和で安定した国際関係があったからなんですね。ここはもうしっかりと我々は押さえておかなきゃいけない。平和で安定した国際関係が経済発展の前提なんですね。これがあったから東アジアはここまで発展できたと。いかにしてそれを担保するかというのは日本外交の重要な柱だというふうに思っています。
それから、安全保障の専門家の方、今日はいらっしゃらないので余り悪口を言ってはいけませんが、安全保障の専門の方は、もうもちろん専門家として自分の視点からおっしゃっていて、それはそれで正しいんです。
ただ、幾つかのところで、我々は見落としていけないのは、戦前は、軍事力を使っていろんな行動をしましたでしょう。あれは経済権益を取るためだったんです。軍事力を使って、中国という領土を自分の勢力下に置くということは、あの経済を日本のものにできたわけです。アフリカの植民地、いろんな植民地、軍事力で行って、軍事力の結果、経済的な利益を得るというのが、戦前のいわゆる帝国主義と、植民地主義と言われた時代の軍事力の在り方だったんですね。今、軍事力で経済的な利益取れますか。
よく、中国が軍事的に強くなれば南シナ海をすぐ取ると。軍事力を使って南シナ海を取って、どれだけ経済的利益になりますか。そうじゃなくて、ASEANにもっと投資をして、ASEANの経済を発展させた方が経済にとって利益になるんですね。だから、軍事力の役割が戦後変わっていると、そういうことも東アジアを考えるときに見ていかなきゃいかぬと思います。
日中関係に入ります。
日中関係はもう、政治、外交の柱があり、軍事安全保障の柱があり、経済の柱があり、文化、民間交流の柱があるんです。この全部を踏まえて日中関係なんです。安全保障は大事です。しかし、安全保障で日中関係全体を牛耳ってはならないというのを私は強く言っているわけです。トータルな日中関係をいかにして日本にとって一番いい形にするかということは私の願いであります。
軍事安全保障も大事です。とりわけ、中国がこれだけの期間にわたり急速に軍事力を増強させ、そして、私は、基本は台湾の関係で軍事力を増やしたと思っていますが、しかし、何のために増やしたのか、これからそれを使ってどうするのか、そこについて中国は一切説明しない。したがって、我々は疑心暗鬼になってしまうということ、これ事実です。したがって、それに対して、日本が軍事安全保障の対応をすること自体には私は一度も反対したことはありません。それは、軍事専門家の方がお考えになって、必要なことであればおやりになればいいんですが、だからといって、政治、外交の関係、経済の関係、それ以外の関係は依然として大事ですし、先ほど申し上げましたように、政治、外交は頑張らないと、東アジアで平和で安定した国際関係はつくれない、それがつくれなければ我々の経済発展はできないと、こういう構図になっているときに軍事安全保障だけでやるわけにはいかないということを御理解いただけると思います。そういう包括的に対中関係を進めていくと。
それで、その対中関係ですが、ここに書きましたように、四つの問題を抱えております。一番最初に台湾問題です。日中国交正常化、七二年の最大の問題が台湾問題でした。それから、二番目に出てきたのが歴史、歴史認識問題です。これ、教科書問題で出てきました。三番目に尖閣をめぐる問題になってきていて、これはもう後の方になってから中国が自分の領土だと、こう言い出したものですから、その後、日中の問題になってしまったわけですね。そして、二〇一二年のいわゆる日本の尖閣の国有化のときに、中国は実力による現状変更、これは、現在の国際法では国際法違反だというふうに認定されておりますが、その実力による現状変更をやりました。なぜならば、それまで尖閣は圧倒的に日本が実効支配をしていたわけです。その実効支配体制を少なくとも同じにすると、中国と日本が同じような実効支配をしているんだという形をつくるということのための方針転換をして、今日、三百何日ですか、中国船があの辺りを徘回しているし、領海へもしょっちゅう来ていると、こういう状況をつくり上げました。
あのときに、世界は日本と中国は戦争するかもしれないと思ったんですね。我々は鈍感で、その感覚が弱かったんですが、欧米の専門家の議論を聞くと、いや、これ、日中は戦争するんじゃないかというふうに彼らは本気で心配していたんですね。客観的に見てそういう状況だったわけです。すなわち、戦後初めて日本の自衛隊と人民解放軍が直接対峙するという局面ができ上がったわけです。
それまで日中の安全保障対話というのをやっておりましたが、それは何をやったかというと、日米安保条約があって、この日米安保条約で、もし台湾で何かあったときに日本はどういう協力をアメリカにするんだと。これが日米安全保障対話だったんですよ。
ところが、尖閣以来、日本と中国の軍事的な対峙がもう直接なものになってしまって、その傾向はますます強くなってきているということで、安全保障の柱がどんと立ちました。これが今、日中関係を大きく左右する、そういう大きな柱になってしまったわけですね。
そして、現在、去年の高市首相の国会における台湾絡みの御発言によって、日中関係は止まりました。これはですね、いや、本当に止まったんですよ。
一九四九年に中華人民共和国が成立して以来、政府同士は厳しい関係にあるし、もうもちろん最初は我々は中華民国、台湾を承認しておりましたので、大陸の中華人民共和国政府とは外交関係ありませんでしたから、政府同士の付き合いはなかったんですが、したがって、向こうは日本の政府をもう事あるごとに非難し、攻撃していたわけですね、中国政府は。
しかし同時に、いわゆる民間の交流というのは意識的に彼らはやっていた。ですから、民間交流が途絶えたことは一回もないんですが、今日、民間交流、止まりました。本当にもう純粋に個人の、個人と個人の関係の交流、これはまだ続いています。しかし、民間というのは、中国にいわゆる民間組織というのがあるんですが、日本でいう民間とは意味が違いますけれども、そういう民間組織が中国にあって、それと日本の民間組織が交流していたので、それが今全部止まりました。対話の窓口が止まっているんですね。ですから、これは日中関係上、極めて異常な状態が今出現しているということであります。
これに対してどうするかという問題、これから御質問もあると思いますので、そのときにお答えすることにいたしますが。いずれにしても、状況はそういうふうにして非常に厳しくて、それを戻すための外交努力というのが非常に必要になっているということでございます。
その前提として、これはもう日本の方々に是非御理解いただきたいと思いますのは、よく二〇一二年のこの尖閣の問題があって、それから二〇一四年の安倍首相の習近平主席との会談が再開されたと、あれが一つの前例という形で皆さんよくお考えになるんですが、客観的に見てあのときと、あのときと今日とで日中の力関係はまた変わってきているんです。この十年で中国はまた、経済はまた倍になっているんですよ。日本はそのまま、向こうは倍になっている。軍事力も更に強い、強化している。
そして、習近平外交は積極的にやりましたから、その結果、国際的な影響力というのを中国は付けてきていると、そういう中国と今我々が対峙しなきゃいけないという、そういう局面にあるということなんです。
外交は極めて現実を反映します。希望的観測は受け入れてくれません。現実があって、その現実を踏まえたものしか外交はできません。そうすると、そういう中国とこういう日本というのを外交するときにはっきり認識して、だからといって卑屈になる必要は全くありません。全くありませんが、客観的に実はそうであるということはしっかりと踏まえた外交をしないとうまくいかないだろうというふうに思っております。
そうしますと、最後に、あと二分ぐらいですので、最後に、日中はそれじゃ戦う側面ばかりかというと、そうじゃございません。日中の協力できる範囲というのは結構あります。
一つは、中国は、皆さん方の想像と違ってと言っちゃ言い過ぎと思いますが、今我々が言っている現行国際秩序、法に基づく国際秩序、これ支持しているんですよ、中国は。いや、本当かということをおっしゃる方いらっしゃると思いますが、彼らは彼らのロジックで支持しているんですね。ですから、今、アメリカがそれに対して背を向けているときに、いかにしてこれを維持、補強していくかと、これは日中共通の課題です。東アジアの平和と発展、これも当然共通の課題です。それから、世界のいわゆる環境問題、感染症の問題等あります。当然これもやらなきゃいけません。そして、経済です。経済は、経済安全保障が大事ですから、当然経済に制限を受けますが、しかし、ボリューム、量という話をすると、経済安全保障の影響を受けない分野は山ほどあるわけです。これをお互いに利用しないという手はないと思います。
最後に、国民同士の交流。これは、もう最後はここに私は来ると思っておりますので、どんな状況でもこの国民同士の交流というのは強めたい。それゆえに、現在、中国がそういう国民同士の交流というのを止めているということは、私は甚だ遺憾であると、早急に是正されるべきであるというふうに考えております。
以上であります。
0会会議録情報政府参考人など
令和八年五月十三日(水曜日)
午後一時開会
─────────────
委員の異動
五月十二日
辞任 補欠選任
脇 雅昭君 神谷 政幸君
─────────────
出席者は左のとおり。
会 長 鈴木 宗男君
理 事
藤井 一博君
吉井 章君
塩村あやか君
原田 秀一君
窪田 哲也君
石井 苗子君
大津 力君
委 員
神谷 政幸君
鈴木 大地君
堀井 巌君
若井 敦子君
福士 珠美君
三上 えり君
庭田 幸恵君
伊藤 孝江君
石 平君
杉本 純子君…
この発言のページ
1
鈴木宗男(自民)
ただいまから国際問題に関する調査会を開会いたします。
委員の異動について御報告いたします。
昨日までに、脇雅昭君が委員を辞任され、その補欠として神谷政幸君が選任されました。
─────────────
この発言のページ
2
鈴木宗男(自民)
国際問題に関する調査を議題といたします。
本日は、「世界の平和と安定に向けた日本の役割」のうち、「現下の国際情勢と世界の安定に向けた日本外交」に関し、「東アジアの安定に向けた課題」について二人の参考人から御意見をお伺いした後、質疑を行います。
御出席をいただいております参考人は、元駐中国特命全権大使・公益財団法人日中友好会館会長宮本雄二さん、東京大学名誉教授和田春樹さんでございます。
この際、参考人の皆様に一言御挨拶を申し上げます。
本日は、御多忙のところ御出席いただき、誠にありがとうございます。
お二人から忌憚のない御意見を賜りまして、今後の…
この発言のページ
- (上の発言)
3宮宮本雄二元駐中国特命全権大使/公益財団法人日中友好会館会長
宮本でございます。
二十数年ぶりに国会の場で発言する機会を与えられて、また緊張しますね。昔を思い出してまた緊張いたしておりますが。
私は、一九四六年の生まれでございまして、戦争に負けた後生まれたと。物心付いて、どうして日本は負けると分かっていた戦争をしたのだろうと。これは私、どうしても、大人に聞いても分からない、どうしても分からない私の課題でございまして、折に触れて本を手にし、自分で考え、今日までそれは続いてきております。
私は、戦前の日本は幾つか大きな間違いをしたというふうに思っております。その一つが、中国に対する認識を間違ったということであります。
中国は、一九一九年、五四運動が始まりますが、それからナショナリズム、愛国主義、そういうのがようやく国民に根付き始めます。それを踏まえて中国国民党は力を付け、そのど真ん中から中国共産党は生まれたわけでありますが、このナショナリズム、これに対する理解が十分でないまま日本は中国に足を踏み入れ、あの泥沼に陥ってしまったということであります。したがいまして、中国の、あの中国に対する認識の間違いというのがあったと思っております。
それから、その次は、実は戦前の日米の唯一の本質的な対立点は中国問題だけだったんです。中国の市場を開けというアメリカの要求、中国から撤退しろというアメリカの要求、それを日本がのまなかったということであります。したがって、太平洋戦争に導いていくその出発点は中国問題だったということです。
その意味で、我々は、アメリカの理解が不十分であったということであります。米中、今日もまた想像されますが、似たような構図が戦前もあって、日本は判断ミスをしたということであります。これは重く受け止めて我々はやっていかなきゃいけないと思います。
とりわけ、昨年、トランプ大統領が再選をされて、そして世界は再び激動の中に放り込まれまして、私は、必然的に、一九二九年、ウォール街の株の大暴落に始まる世界大恐慌、それは結局、第二次大戦に導いていくわけでありますが、一九二九年を思い出し、そしてこの戦前の日本の間違いを思い出しました。やはり我々はしっかりと世界を見なければいけない、とりわけアメリカと中国をしっかり見なければいけないよ、そうしないと国を誤るということを改めて思いました。
同じように、このように、米中は、中国が台頭した結果、米中関係が世界の大きなところを決めるようになりました。戦後、我々が今直面しております様々な動き、その根源に中国の台頭があるのは間違いありません。中国が台頭したことによって世界は動揺しております。しかし、これは中国からすると大きくなったのに何だということでしょうが、客観的に見て、中国の台頭が世界を動揺させているということであります。
そして、その中国とアメリカが今こういう関係になっておりまして、米中関係をどう見るかというのが再び我々にとっての喫緊の課題になってまいりました。その米中関係を見るときに、いろんな、前提を申し上げますと、アメリカと中国は長期的な競争関係に入ります。これはもう一朝一夕に、簡単に動きません。その間本当に激しい戦いになるのか、そうじゃなくて手を結ぶのかと、これはアメリカ、中国の選択によっております。しかし、この両者が競争関係に入るというのは、これは間違いないと思います。
したがって、私は、今回、まさに今日、今晩から始まるトランプ大統領の訪中という極めて重要な出来事を見る一つの視点として、いろんな問題がどういうふうに解決された、どういうふうに扱われたという、そういう局面だけではなくて、アメリカと中国がどういうふうな国と国との関係をつくろうとしているのかと、ここをしっかりと眺めなければいけないというふうに思います。なぜならば、不安定で折に触れてぶつかり合う二国間関係は、アメリカにとっても中国にとっても都合が悪いわけです。国を運営し、外交をやっていこうとするときには、やっぱり予測可能性というのは極めて大事なわけです。予測可能性がなければ、全ての国にとってマイナスなわけですね。したがって、中国もアメリカも、彼らとしてはこの競争関係を管理したい。
したがって、私は、今回の米中首脳会談の最大の関心は、よく今言われております貿易委員会、投資委員会という、すなわち両国の協議の場ができるかどうか、これが非常に大きな意味を持っていると思います。この協議の場ができますと、これは恒常的に閣僚レベル、あるいは下のレベルでの意思疎通が始まります。それはやっぱり関係を安定させるんですね。
バイデン政権のときに、私が非常に注目しておりましたそういう米中の対話の場がありました。これは両国の首脳が合意してできたものです。名前は米中関係の指導原則を議論するチーム、これをつくって議論、その米中関係の指導原則を議論させるということで、これは間違いなく中国が言い出したと思います。こういう指導原則とかこういうのは中国好きですから。しかし、アメリカが同意してその議論に入った、すなわちアメリカと中国という、この二国間関係をどうするか、これを両国が話し始めていたんです、バイデン政権のときには。流れとしてはそういうふうになるんですね。
ですから、一方で、米中がぶつかり合うその余波を我々は受けますので大変ですけれども、しかし同時に、米中がそういう方向で両国関係を安定させる、この動きもあるんだと、これも同時に眺めていきませんと、我々、米中関係を正しく見ることにならないだろうというふうに思っております。
そういう大きな情勢の中で、東アジアを見ますと、これはもう運が良かったんですよ。すなわち、もうベトナム戦争で、戦争が終わって、その後、一回、中国が教訓を与えるといってベトナムに入りましたけれども、基本的には平和が続いて、なおかつその東アジアの経済のリーダーになったのが日本で良かったですよ。なぜならば、日本はほかの国が発展するのを助けましたね。ですから、日本がまず発展して、韓国、台湾、香港、シンガポール、こういうところは後で、いわゆる雁行型、あの経済発展という東アジアの経済発展モデル。おかげでASEANも含めた全体の経済発展ができましたでしょう。
そして、ついに今や、アジア、特に東アジアが世界経済のエンジンだと言われるぐらいになったんですね。これは、やっぱり平和で安定した国際関係があったからなんですね。ここはもうしっかりと我々は押さえておかなきゃいけない。平和で安定した国際関係が経済発展の前提なんですね。これがあったから東アジアはここまで発展できたと。いかにしてそれを担保するかというのは日本外交の重要な柱だというふうに思っています。
それから、安全保障の専門家の方、今日はいらっしゃらないので余り悪口を言ってはいけませんが、安全保障の専門の方は、もうもちろん専門家として自分の視点からおっしゃっていて、それはそれで正しいんです。
ただ、幾つかのところで、我々は見落としていけないのは、戦前は、軍事力を使っていろんな行動をしましたでしょう。あれは経済権益を取るためだったんです。軍事力を使って、中国という領土を自分の勢力下に置くということは、あの経済を日本のものにできたわけです。アフリカの植民地、いろんな植民地、軍事力で行って、軍事力の結果、経済的な利益を得るというのが、戦前のいわゆる帝国主義と、植民地主義と言われた時代の軍事力の在り方だったんですね。今、軍事力で経済的な利益取れますか。
よく、中国が軍事的に強くなれば南シナ海をすぐ取ると。軍事力を使って南シナ海を取って、どれだけ経済的利益になりますか。そうじゃなくて、ASEANにもっと投資をして、ASEANの経済を発展させた方が経済にとって利益になるんですね。だから、軍事力の役割が戦後変わっていると、そういうことも東アジアを考えるときに見ていかなきゃいかぬと思います。
日中関係に入ります。
日中関係はもう、政治、外交の柱があり、軍事安全保障の柱があり、経済の柱があり、文化、民間交流の柱があるんです。この全部を踏まえて日中関係なんです。安全保障は大事です。しかし、安全保障で日中関係全体を牛耳ってはならないというのを私は強く言っているわけです。トータルな日中関係をいかにして日本にとって一番いい形にするかということは私の願いであります。
軍事安全保障も大事です。とりわけ、中国がこれだけの期間にわたり急速に軍事力を増強させ、そして、私は、基本は台湾の関係で軍事力を増やしたと思っていますが、しかし、何のために増やしたのか、これからそれを使ってどうするのか、そこについて中国は一切説明しない。したがって、我々は疑心暗鬼になってしまうということ、これ事実です。したがって、それに対して、日本が軍事安全保障の対応をすること自体には私は一度も反対したことはありません。それは、軍事専門家の方がお考えになって、必要なことであればおやりになればいいんですが、だからといって、政治、外交の関係、経済の関係、それ以外の関係は依然として大事ですし、先ほど申し上げましたように、政治、外交は頑張らないと、東アジアで平和で安定した国際関係はつくれない、それがつくれなければ我々の経済発展はできないと、こういう構図になっているときに軍事安全保障だけでやるわけにはいかないということを御理解いただけると思います。そういう包括的に対中関係を進めていくと。
それで、その対中関係ですが、ここに書きましたように、四つの問題を抱えております。一番最初に台湾問題です。日中国交正常化、七二年の最大の問題が台湾問題でした。それから、二番目に出てきたのが歴史、歴史認識問題です。これ、教科書問題で出てきました。三番目に尖閣をめぐる問題になってきていて、これはもう後の方になってから中国が自分の領土だと、こう言い出したものですから、その後、日中の問題になってしまったわけですね。そして、二〇一二年のいわゆる日本の尖閣の国有化のときに、中国は実力による現状変更、これは、現在の国際法では国際法違反だというふうに認定されておりますが、その実力による現状変更をやりました。なぜならば、それまで尖閣は圧倒的に日本が実効支配をしていたわけです。その実効支配体制を少なくとも同じにすると、中国と日本が同じような実効支配をしているんだという形をつくるということのための方針転換をして、今日、三百何日ですか、中国船があの辺りを徘回しているし、領海へもしょっちゅう来ていると、こういう状況をつくり上げました。
あのときに、世界は日本と中国は戦争するかもしれないと思ったんですね。我々は鈍感で、その感覚が弱かったんですが、欧米の専門家の議論を聞くと、いや、これ、日中は戦争するんじゃないかというふうに彼らは本気で心配していたんですね。客観的に見てそういう状況だったわけです。すなわち、戦後初めて日本の自衛隊と人民解放軍が直接対峙するという局面ができ上がったわけです。
それまで日中の安全保障対話というのをやっておりましたが、それは何をやったかというと、日米安保条約があって、この日米安保条約で、もし台湾で何かあったときに日本はどういう協力をアメリカにするんだと。これが日米安全保障対話だったんですよ。
ところが、尖閣以来、日本と中国の軍事的な対峙がもう直接なものになってしまって、その傾向はますます強くなってきているということで、安全保障の柱がどんと立ちました。これが今、日中関係を大きく左右する、そういう大きな柱になってしまったわけですね。
そして、現在、去年の高市首相の国会における台湾絡みの御発言によって、日中関係は止まりました。これはですね、いや、本当に止まったんですよ。
一九四九年に中華人民共和国が成立して以来、政府同士は厳しい関係にあるし、もうもちろん最初は我々は中華民国、台湾を承認しておりましたので、大陸の中華人民共和国政府とは外交関係ありませんでしたから、政府同士の付き合いはなかったんですが、したがって、向こうは日本の政府をもう事あるごとに非難し、攻撃していたわけですね、中国政府は。
しかし同時に、いわゆる民間の交流というのは意識的に彼らはやっていた。ですから、民間交流が途絶えたことは一回もないんですが、今日、民間交流、止まりました。本当にもう純粋に個人の、個人と個人の関係の交流、これはまだ続いています。しかし、民間というのは、中国にいわゆる民間組織というのがあるんですが、日本でいう民間とは意味が違いますけれども、そういう民間組織が中国にあって、それと日本の民間組織が交流していたので、それが今全部止まりました。対話の窓口が止まっているんですね。ですから、これは日中関係上、極めて異常な状態が今出現しているということであります。
これに対してどうするかという問題、これから御質問もあると思いますので、そのときにお答えすることにいたしますが。いずれにしても、状況はそういうふうにして非常に厳しくて、それを戻すための外交努力というのが非常に必要になっているということでございます。
その前提として、これはもう日本の方々に是非御理解いただきたいと思いますのは、よく二〇一二年のこの尖閣の問題があって、それから二〇一四年の安倍首相の習近平主席との会談が再開されたと、あれが一つの前例という形で皆さんよくお考えになるんですが、客観的に見てあのときと、あのときと今日とで日中の力関係はまた変わってきているんです。この十年で中国はまた、経済はまた倍になっているんですよ。日本はそのまま、向こうは倍になっている。軍事力も更に強い、強化している。
そして、習近平外交は積極的にやりましたから、その結果、国際的な影響力というのを中国は付けてきていると、そういう中国と今我々が対峙しなきゃいけないという、そういう局面にあるということなんです。
外交は極めて現実を反映します。希望的観測は受け入れてくれません。現実があって、その現実を踏まえたものしか外交はできません。そうすると、そういう中国とこういう日本というのを外交するときにはっきり認識して、だからといって卑屈になる必要は全くありません。全くありませんが、客観的に実はそうであるということはしっかりと踏まえた外交をしないとうまくいかないだろうというふうに思っております。
そうしますと、最後に、あと二分ぐらいですので、最後に、日中はそれじゃ戦う側面ばかりかというと、そうじゃございません。日中の協力できる範囲というのは結構あります。
一つは、中国は、皆さん方の想像と違ってと言っちゃ言い過ぎと思いますが、今我々が言っている現行国際秩序、法に基づく国際秩序、これ支持しているんですよ、中国は。いや、本当かということをおっしゃる方いらっしゃると思いますが、彼らは彼らのロジックで支持しているんですね。ですから、今、アメリカがそれに対して背を向けているときに、いかにしてこれを維持、補強していくかと、これは日中共通の課題です。東アジアの平和と発展、これも当然共通の課題です。それから、世界のいわゆる環境問題、感染症の問題等あります。当然これもやらなきゃいけません。そして、経済です。経済は、経済安全保障が大事ですから、当然経済に制限を受けますが、しかし、ボリューム、量という話をすると、経済安全保障の影響を受けない分野は山ほどあるわけです。これをお互いに利用しないという手はないと思います。
最後に、国民同士の交流。これは、もう最後はここに私は来ると思っておりますので、どんな状況でもこの国民同士の交流というのは強めたい。それゆえに、現在、中国がそういう国民同士の交流というのを止めているということは、私は甚だ遺憾であると、早急に是正されるべきであるというふうに考えております。
以上であります。
4
鈴木宗男(自民)
ありがとうございました。
次に、和田参考人にお願いいたします。和田参考人。
この発言のページ
5和和田春樹東京大学名誉教授
それでは、お話しさせていただきます。
今日のウクライナは明日の東アジアかもしれないという岸田文雄首相の言葉は広く各方面に影響を与えたようです。しかし、私は、これは日本国の首相の言葉としては適切ではないと思いました。ソ連という大国を構成しているロシアとウクライナ、構成していたロシアとウクライナの間で始まった兄弟殺しの戦争ですから、戦争をその地域に封じ込め、速やかに停止させ、戦火がよその地域へ、私たちの地域へ拡大するのを防ぐことが必要です。
一九四一年六月、ドイツがソ連に侵攻したとき、ソ連の極東地方は直前に結ばれた日ソ中立条約で平和が保障されていました。…
この発言のページ
6
鈴木宗男(自民)
ありがとうございました。
これより参考人に対する質疑を行います。
質疑は答弁時間を含め、お一人十分以内となるように御協力をお願いいたします。
なお、質疑及び答弁は着席のままで結構でございます。
質疑をお受けします。
原田秀一君。
この発言のページ