安藤道人立教大学経済学部経済学科教授

2026年5月19日・第221回国会 参議院 厚生労働委員会 第6号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 5 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 91 発言)

本日は、参考人として発言の機会をいただき、ありがとうございます。立教大学経済学部の安藤道人です。

私は、医療保険を含む社会保障財政を専門とし、政策形成と政策効果をミクロ、マクロ両面から検証をしています。

本日は、特に高額療養費制度の見直しについて、十の問いに答える形で意見を述べます。まず、患者負担というミクロの視点から始め、その後、医療保険財政、さらに、国家財政、マクロ経済へと視点を広げます。以下、ちょっと早口になりますが、御了承ください。

なお、本日お示しする数値は、一部に最低限の仮定を置いていますが、基本的には全て政府資料や政府統計に基づく数値です。

結論を先に申し上げます。今回の見直し案には、年間上限の導入などの評価できる点もあります。しかし、月額上限の引上げは、高額な医療を必要とする一部の患者に大きな負担を集中させる一方で、保険料軽減や医療保険財政への効果は限られます。したがって、月額上限の引上げは可能な限り抑制すべきであり、それは財政的にも十分可能だと私は考えています。

それでは、一つ目の問いです。見直し案の最大の特徴は何かです。

見直し案には、お配りした資料の図一に示したように五つの特徴があります。中でも中心となるのは、所得区分の細分化と応能負担の強化に伴う自己負担上限の引上げです。つまり、所得区分をより細かく分け、所得が高い人ほど月額上限を大きく引き上げるという考え方です。

ただし、これは突然出てきたものではありません。図二に示すように、二〇〇〇年代以降、高額療養費制度では、所得区分の細分化等、所得に応じた上限引上げが段階的に進められてきました。見直し案はこの流れを強めるものになっています。

次に、二つ目の問いです。見直しによって負担上限はどうなるかです。

患者負担の水準は所得区分や受診状況によって異なりますが、まずは最も基本的な指標として月額上限と年間上限を見ます。資料の図三と図四には、月額上限の月収に対する割合と年間上限の年収に対する割合を示したグラフがあります。これは、政府資料に基づき、自己負担上限を額面の月収、年収に対する割合として示したものです。後ほどお話しする破滅的医療支出の議論とは異なり、所得税率や保険料率に近い感覚で見ていただくと分かりやすいと思います。

見直し案では、月額上限は多くの所得区分で月収の二〇%を超え、高い場合には約三九%に達します。年間上限についても年収の約八%から二七%という水準になります。個人住民税や協会けんぽの保険料率が約一〇%であり、しかも税には各種控除があり、保険料は労使折半であることを考えると、これは相当大きな負担です。

つまり、患者にとっては、医療費の自己負担増は実質的な手取りの減少として作用します。特に低所得層にとっては、医療費を支払い続けるよりも生活保護に移行する方が合理的だと考えられる、そういう水準にもなり得るという点に注意が必要です。

なお、図四には、年収の二%のところに線が引かれています。これは、ドイツの医療保険制度における自己負担上限の水準です。日本の自己負担上限がドイツよりもかなり高い水準であることが分かります。

三つ目の問いは、見直しによる実際の負担増減はどの程度かです。

先ほど見た月額上限や年間上限はあくまで制度上の上限額です。しかし、実際の患者負担は、所得区分や高額療養費に該当する回数によって大きく変わります。図五から図七では、一、通常の上限に三回該当する場合、二、そこに多数回該当が四回加わる場合、三、更に多数回該当が九回加わる場合の三ケースについて、現行制度と見直し案の年間負担額の増減を試算しています。

図五と図六を見ると、通常の上限三回のみの場合とそこに多数回該当四回が加わる場合では、負担増のパターンはかなり似ています。多くの所得区分で年間で数万円から二十七万円近い負担増になります。一方、図七のように通常の上限三回に加えて多数回該当九回の場合は、年間上限の導入によって大きな負担減になります。

このような形で、最低限の仮定の下で様々なパターンを見ておくと、今回の見直し案では、上限に一回以上到達するものの年十回程度までは到達しない人については負担増になる一方で、年間十回以上到達する人に対しては負担が維持あるいは軽減されることが分かります。

ここで重要なのは、実際にはどちらの患者がどのぐらいいるかという点です。

ここで四つ目の問いです。政府は長期療養者や低所得者に十分配慮したと説明しているが、それは本当かです。私の答えは十分ではないというものです。

図八の政府資料からも明らかなように、高額療養費の年間の該当回数は一回から九回の人が全体の九五%を占めます。一方、年間上限の導入によって負担軽減を受けるのは、主に年間十回から十二回程度の該当回数の人たちです。したがって、年間上限の導入は重要な改善ですが、図七で示した大きな負担減になるのはごく一部の人です。

どこからが長期療養者でどこからが短期療養者かという線引きは容易ではなく、診療パターンも様々です。今回の見直しでは、少なくない長期療養者が年間上限に達せず、負担増になると見込まれます。

低所得者への配慮も十分とは言えません。年収二百万円未満では、多数回該当の上限が引き下げられます。しかし、この層は元々所得に対する医療費負担割合が高く、今回の見直しでも最初の三回の月額上限は引き上げられます。また、年収二百万円を超える層では、多数回該当の上限も据置きであり、多くの人は負担増になります。年収二百万から三百万、すなわち月収十七万から二十五万円程度の人にとって、追加的な医療負担が生活に与える影響は大きいと考えます。

次に、視点を少し広げて、医療保険財政の問題に移ります。

五つ目の問いは、高額医療が増えており、患者負担増はやむを得ないのではというものです。

これはよく聞かれる問いで、政府も今回の見直し案の根拠の一つとしています。確かに、高額療養費や高額医療が増えていること自体は事実です。しかし、それが医療保険財政や国家財政を揺るがすレベルかというと、そうではありません。

まず、政府統計に基づいて、マクロの規模感を確認します。資料の図九を見ると、高額療養費は名目額でも対GDP比でも増加しています。しかし、高額療養費が国民医療費全体やGDPに占める割合はなお限られます。したがって、マクロの財政規模で見れば、高額療養費が国民医療費全体を圧迫している中心的要因とは言えません。

また、図十は、厚生労働省による一千万円以上の高額レセプト件数の推移のグラフです。確かに、高額医療が急増しているように見えます。しかし、このグラフから金額を概算すると、最新の令和六年でも多く見積もって約四百億円程度です。これは、高額療養費約三兆円、国民医療費約四十七兆円、GDP約六百六十兆円という規模から考えれば、財政や経済を揺るがす規模ではありません。むしろ、この図は高額医療のリスクに直面する患者が増えていることを示すものであり、高額療養費制度の財政的強化の必要性を示すデータだと考えます。

実際、図十一の外務省及びWHOのデータが示すように、日本では、破滅的医療支出と呼ばれる数字に直面する人口がじわじわと増えている可能性があります。二〇一〇年には九・六%だった破滅的医療支出該当人口の割合が、二〇二四年には一〇・九%まで上昇しており、今回の見直し案ではこれを更に引き上げる可能性があります。

六つ目の問いは、今回の見直しは公費負担や保険料負担の軽減に十分な効果があるのかです。私の答えは十分とは言いにくいというものです。

図十二の政府資料では、給付費二千四百五十億円の抑制、一人当たり保険料千四百円の軽減が示されています。これは年額なので、月額では約百十七円です。最近、ペットボトル一本分と言われているものです。

ただし、図十三の政府資料を見ると、この二千四百五十億円のうち約半分の千二百六十億円は、七十歳以上の外来特例の見直しによる効果です。月額上限の引上げを中心とする部分の効果は、機械的に按分すれば、言わばペットボトル〇・五本分程度です。

さらに、政府は必要な受診の抑制は見込んでいないと答弁しています。そこで、試算に含まれる受診抑制分千七十億円をゼロとして機械的に按分すると、外来特例以外の見直しによる保険料軽減効果は一人当たり月額約三十八円にとどまります。受診抑制を幾らか見込んでも、月額数十円であることは変わりません。つまり、月額数十円程度の保険料軽減のため、高額な医療を必要とする人々の自己負担を大きく引き上げるというのが見直し案の財政的特徴です。

七つ目の問いは、日本の高額療養費制度は諸外国と比べても恵まれているのかというものです。

この表現は、図十四に示す高額療養費制度の在り方に関する専門委員会の取りまとめ資料で用いられたものです。確かに、日本の医療制度には優れた点が多くあります。しかし、ここで問題にしているのは、医療費制度全体の評価ではなく、患者の経済的負担、特に自己負担上限の水準です。この点に限って見ると、日本の制度が国際的に特別に手厚いとは言えません。

図十五に示すように、日本と同じ社会保険方式のドイツでは、自己負担上限額は年間で世帯収入、年収の二%であり、同じく社会保険方式のフランスでも、代替性のない高額医薬品は自己負担なしとされています。また、税方式で一定の窓口負担のあるスウェーデンでも、自己負担上限は年間で外来が二万円、処方薬が約四万円程度です。したがって、少なくとも、自己負担上限について諸外国と比べても恵まれているという表現は不正確です。

また、図十六は、先ほどお示しした外務省とWHOの破滅的医療支出該当人口の割合の国際比較版です。この種の国際比較には様々な留意は必要ですけれども、日本の破滅的医療支出該当人口の割合は、OECD諸国の中でも低いとは言えず、主要な西欧諸国の中ではむしろ高い水準です。

八つ目の問いは、今回の見直し案は保険者間格差を広げるのではないかというものです。私の答えは、広げる可能性が高いというものです。

日本の医療保険制度では、どの保険者に加入しているかによって高額療養費を利用する患者が直面する医療費負担は大きく異なります。例えば、大企業の健保組合や公務員の共済組合では、付加給付によって自己負担上限が月二万円前後に抑えられる場合があります。その場合、高額療養費上限が引き上げられても、実際の負担はほぼ変わりません。一方、協会けんぽや自治体国保にはこうした付加給付はありません。さらに、国保では、所得区分が過去の所得に基づくため、一部のケースを除き、病気や治療によって所得が減少しても、当面の間、過去の高い所得区分が適用される可能性が高いです。

したがって、見直し案は、既に存在するこの保険者間の自己負担格差を更に広げることとなります。

最後に、より広いマクロ財政、マクロ経済の視点に移ります。

九つ目の問いは、高額療養費の上限引上げは社会経済全体の負担減になるかというものです。私の答えは、そうはならないというものです。

患者負担を増やして公的給付を減らしても、その分を患者が支払うならば社会全体で支払う医療費は変わりません。変わるのは医療費を誰が負担するかです。つまり、医療費抑制というより、公的負担から私的負担への負担転嫁、コストシフトになります。保険料負担はもう限界とよく言われますけれども、であるならば、患者の自己負担は限界ではないのかという問いも重要です。

さらに、将来の見通しへの不安から民間保険需要が高まれば、公的保険料は月数十円から百円程度下がっても、民間保険料により多くのお金を回すようになることも考えられます。この場合、公私を合わせた保険料負担はむしろ増えたり、実質的に消費に回せる手取りが減少する可能性もあります。したがって、マクロ経済で見て、実質的な負担軽減や消費拡大につながるとも限りません。

最後の十番目の問いは、それではどうすればよいのかです。私の見解を三点述べ、まとめます。

第一に、今回の見直し案の中心である月額上限の引上げは、患者負担というコストが多い一方で、財政抑制効果というリターンは小さいと考えます。したがって、年間上限の導入などの改善点は維持しつつ、月額上限の引上げは可能な限り抑制すべきです。そして、行く行くは、ドイツの年収二%とまでは言いませんが、年収五%から一〇%くらいの年間上限を目指すべきと考えます。政治的にはともかく、財政的には可能な方向性です。

第二に、高額療養費の役割を、医療保険や医療費負担という狭い枠の中だけではなく、財政全体、社会経済全体の中で積極的に評価すべきです。高額療養費は、ミクロには、患者の社会生活や就労継続を支える生活保障であり、人的資本政策でもあります。マクロには、家計消費抑制を防ぐ消費平準化効果のある政策でもあり、民間保険需要や貯蓄動機を抑制して消費を下支えする役割もあります。

第三に、現在の高額療養費制度の見直しを規定している全世代型社会保障や改革工程の在り方については、部分的なアップデートが必要な時期に来ていると考えます。高額療養費の維持強化は、責任ある積極財政という現政権の方向性とも矛盾しないと私は考えます。

高額療養費の見直しをめぐる議論が、ただの予算調整ではなく、医療保険や高額療養費の存在意義や政策効果をポジティブに問い直す議論へと進むことを願い、私の意見陳述を終わります。

どうもありがとうございました。

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