小田原潔 (自由民主党)

2026年3月13日・第221回国会 衆議院 予算委員会 第11号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 10 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 188 発言)

ありがとうございます。

最後に、復興予算についてお伺いいたします。

先月の選挙で、私の選挙区に、全く予期をしていませんでした宮城県七ケ浜町の寺沢薫町長が応援演説に駆けつけてくれました。初めてのことであります。

今まで人前でお話をしませんでしたが、十五年前、落選中だった私は、一年以上、テント生活をしながら、ヘドロをかき出し、使えなくなった家財道具を運び出すというような活動を続けていました。

浪人中に地震が起きました。テレビを見て、大変なことになったと思いながらも、三日目ぐらいでしょうか、あのACのコマーシャルばかりの二十四時間、皆さんも同じだったと思います。東京にいながらも、不安と大ごとだという何とも言えない不確実な思いを思っていましたが、だんだん、五体満足な成人男性が、しかも、当時は仕事がない、テレビを見ているだけでいいのかという思いになりました。贖罪の思いというんでしょうか。また、もしかしたら、いつか、特に外国の方に、あのときあなたは何をしていましたかと聞かれるんじゃないかという気もしました。そのときに、胸を張って答えられるのかどうか。仕事があるから行けなかったと言うわけにもいきません。

申し訳ない気持ちを抑え切れず、東北自動車道が再開した翌日に、当時たまたま自家用車の燃料が満タンでありました、給油せずに行って給油せずに帰ってこられるぎりぎりの場所、かつ県外のボランティアを受け入れると言ってくれた場所が、唯一、宮城県の七ケ浜町でありました。そこへ向かい、朝着いたとき、口にできない惨状でありましたが、今思えば、こんな私が少しでも復興に関与できて感謝している、そういう町であります。

寺沢町長は、私が活動していた頃、町の復興課長でいらっしゃいました。恐らく、私が現場で活動しているところを軽トラで何度か御覧になっていたんだと思います。初当選を果たし、七ケ浜町ではトライアスロンの大会をやっていまして、その大会に久々に出場したときに、今度、寺沢君が町長に立候補するんだよということで、再会をいたしました。見事に町長に当選され、それから、毎年上京するたびに、七ケ浜町のおいしいノリを、品評会でも随分高評価を得ているようであります、必ず持ってきてくれる、そういう心の通い合いを続けていました。

災害ボランティアは、黙って行って、黙って働いて、黙って帰るものと思っていますので、今まで人前でこの話をしませんでしたが、今年は町長の思いも酌んで、この予算に込めた復興への思いを復興大臣からお聞かせください。

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