おはようございます。有田芳生です。
先日、我々の党の部門会議が開かれまして、そのときに、再審法に関わって、近く冤罪、無罪が確定するだろうと言われている日野町事件の、一貫して私はやっていないと言い続けながら無期懲役の判決が下り、残念ながら御病気でお亡くなりになった阪原弘さんの息子さんの弘次さんに来ていただきました。
同時に、片山隼君事件というのは、一九九七年十一月ですけれども、東京世田谷で、当時八歳の片山隼君がダンプカーにはねられて亡くなりました。そのお父様である片山徒有さんも出席していただきまして、片山さんは、息子さんがダンプカーにひかれて亡くなった、そのときから、検察に対する疑問も含めて、非常に様々な努力、運動をなさっていて、今は犯罪被害者支援、そして司法制度改革のために今も努力をされている。そのために我々の部会に来ていただいたんです。
そのとき、私は、この間の再審法の問題も含めてですけれども、刑事局長であったり、あるいはかつておつき合いのあった検察の幹部の方々は、個人的につき合っていると物すごくいい人たちばかりなのに、なぜ冤罪被害が起こるんだろうか。あるいは、この間、質問時間がなかったので聞けなかったんですけれども、取調べで録音、録画がなされているにもかかわらず、検察が分からないのかとどなるような検事さんが大阪にもいらっしゃって、今も問題になっていますけれども、一人一人の、佐藤刑事局長もそうなんだけれども、本当に立派ないい方々が、いざ取調べになるとそういうことになってしまうというのは、これは個人の特性なんだろうか、体質なんだろうか、あるいは何かシステムに問題があるんじゃないかなどというふうにいまだ思っているところがあるんです。
今日は危険運転致死傷罪及び酒酔い運転の改正案についての質問なので、先日私たちの部会に来ていただいた片山徒有さんの息子さんの事故のケースについて最初にお聞きをして、当時の検察の対応についても、何でこんなことが起きたんだというような疑問があるものですから、率直に御意見を伺いたいというふうに思います。
片山隼君、当時八歳、小学校二年生でした。一九九七年の十一月に、学校に行く途中でダンプカーの運転手にひかれてお亡くなりになりました。運転手は、現行犯逮捕で、その場から逃げるんだけれども、片山隼君をひいたときに、対向車からも事故が起きたぞというシグナルがあったり、あるいはバイクに乗ってダンプカーの運転手を追いかけて、窓をたたいて、事故を起こしたぞというようなことを言ったんだけれども、本人は、ひいたことは覚えているんだけれども逃げたのは気づかなかったと、何とも矛盾したような証言を当時したんですけれども、結果的に、業務上過失致死容疑で運転手は逮捕されました。
刑事局長に伺いたいのは、その事件が起きて、逮捕をされて、十日後に釈放されたんですよ。分からないのは、刑事局長も当時その場にいたわけでもないし、関わったわけでもないわけですけれども、お聞きをしたいのは、普通、示談とかそういうことをするために、検察の処分というのは大抵二、三か月ぐらいはかかるんじゃないかと私は理解しているんですけれども、当時、事故を起こして、死亡事故を起こした運転手は、十日後に釈放されて、何と、その十日後に検察は不起訴にしたんですよ。
当時ですけれども、一九九七年、だから、不処分になったのは九八年なんですけれども、こういうことは一般的にあり得たことなんでしょうか。個別の件はお答えできないというような答弁になると思うんですけれども、こういう、十日後に不処分なんということは、実際あったんだけれども、ちょっと理解できないんですけれども、どう思われますか。
31
平口洋(自民)法務大臣
お答えいたします。
御指摘のとおり、危険、悪質な自動車による死傷事犯についてより厳正な処罰を実現するためには、もとより、本法律案によって罰則を改正するだけでは足りず、改正後の規定が適切に運用されることが重要であります。また、危険、悪質な自動車の運転による死傷事犯を抑止するため、国民の皆様に改正の趣旨、内容を正しく御理解いただくことも重要であると考えております。
法務省といたしましては、こうした観点から、本法案が改正法として成立した場合には、改正の趣旨や内容等について、関係機関に対する周知を徹底するとともに、国民の皆様への分かりやすい広報啓発に努めてま…
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32世世古万美子(自民)
ありがとうございます。
今回の法改正により、数値基準が設けられ、危険運転致死傷罪が明確化されることとなりますが、本当に大切なのは、法律が変わることだけではありません。この改正をきっかけに、車を運転する私たち一人一人が、自分の握るハンドルが誰かの大切な命を奪うかもしれないという重い責任をいま一度胸に刻み直すことだと思います。
危険運転は絶対にしない、させない、その強い決意を車を運転する全ての人が当たり前に持つ社会をここにいる皆様とともにつくっていきたい、そのことを切に願い、私の質問を終わります。
今回の質疑のために御調整をいただきました全ての皆様方に…
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33井井上英孝(維新)
次に、有田芳生君。
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- (上の発言)
34
有田芳生(中道)
おはようございます。有田芳生です。
先日、我々の党の部門会議が開かれまして、そのときに、再審法に関わって、近く冤罪、無罪が確定するだろうと言われている日野町事件の、一貫して私はやっていないと言い続けながら無期懲役の判決が下り、残念ながら御病気でお亡くなりになった阪原弘さんの息子さんの弘次さんに来ていただきました。
同時に、片山隼君事件というのは、一九九七年十一月ですけれども、東京世田谷で、当時八歳の片山隼君がダンプカーにはねられて亡くなりました。そのお父様である片山徒有さんも出席していただきまして、片山さんは、息子さんがダンプカーにひかれて亡くなった、そのときから、検察に対する疑問も含めて、非常に様々な努力、運動をなさっていて、今は犯罪被害者支援、そして司法制度改革のために今も努力をされている。そのために我々の部会に来ていただいたんです。
そのとき、私は、この間の再審法の問題も含めてですけれども、刑事局長であったり、あるいはかつておつき合いのあった検察の幹部の方々は、個人的につき合っていると物すごくいい人たちばかりなのに、なぜ冤罪被害が起こるんだろうか。あるいは、この間、質問時間がなかったので聞けなかったんですけれども、取調べで録音、録画がなされているにもかかわらず、検察が分からないのかとどなるような検事さんが大阪にもいらっしゃって、今も問題になっていますけれども、一人一人の、佐藤刑事局長もそうなんだけれども、本当に立派ないい方々が、いざ取調べになるとそういうことになってしまうというのは、これは個人の特性なんだろうか、体質なんだろうか、あるいは何かシステムに問題があるんじゃないかなどというふうにいまだ思っているところがあるんです。
今日は危険運転致死傷罪及び酒酔い運転の改正案についての質問なので、先日私たちの部会に来ていただいた片山徒有さんの息子さんの事故のケースについて最初にお聞きをして、当時の検察の対応についても、何でこんなことが起きたんだというような疑問があるものですから、率直に御意見を伺いたいというふうに思います。
片山隼君、当時八歳、小学校二年生でした。一九九七年の十一月に、学校に行く途中でダンプカーの運転手にひかれてお亡くなりになりました。運転手は、現行犯逮捕で、その場から逃げるんだけれども、片山隼君をひいたときに、対向車からも事故が起きたぞというシグナルがあったり、あるいはバイクに乗ってダンプカーの運転手を追いかけて、窓をたたいて、事故を起こしたぞというようなことを言ったんだけれども、本人は、ひいたことは覚えているんだけれども逃げたのは気づかなかったと、何とも矛盾したような証言を当時したんですけれども、結果的に、業務上過失致死容疑で運転手は逮捕されました。
刑事局長に伺いたいのは、その事件が起きて、逮捕をされて、十日後に釈放されたんですよ。分からないのは、刑事局長も当時その場にいたわけでもないし、関わったわけでもないわけですけれども、お聞きをしたいのは、普通、示談とかそういうことをするために、検察の処分というのは大抵二、三か月ぐらいはかかるんじゃないかと私は理解しているんですけれども、当時、事故を起こして、死亡事故を起こした運転手は、十日後に釈放されて、何と、その十日後に検察は不起訴にしたんですよ。
当時ですけれども、一九九七年、だから、不処分になったのは九八年なんですけれども、こういうことは一般的にあり得たことなんでしょうか。個別の件はお答えできないというような答弁になると思うんですけれども、こういう、十日後に不処分なんということは、実際あったんだけれども、ちょっと理解できないんですけれども、どう思われますか。
35佐佐藤淳法務省刑事局長
お答えいたします。
個別事件における捜査や証拠の具体的内容に関わる事柄でもございますので、そこは御理解いただきたいと思うんですけれども、御指摘のように、事件が起きて逮捕されたほぼ十日後に処分保留で釈放がされて、かつ、その十日後にこの事件について一度目の嫌疑不十分の不起訴が行われているということは事実でございます。
その上で、やはり、なぜそうなったのかということについては、なかなか答弁が難しいということは御理解いただきたいと思うんですけれども、結論として、不起訴、業務上過失致死事件及び道路交通法違反事件について、これは不救護、不申告ということでございま…
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36
有田芳生(中道)
先ほども伺いましたけれども、一般論でいいんですけれども、普通、交通事故、死亡事故が起きたときに、これから運転手さんと示談を進めるとかそういう形で、これまでだと、さっきも言いましたけれども、二、三か月の時間がかかって処分がなされるというふうに理解しているんですけれども、十日というのは余りにも短過ぎる。この事件じゃなくてもいいんですけれども、それはやはり一般論として異例という理解をせざるを得ないんですけれども、刑事局長はどう思われますか。
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37佐佐藤淳法務省刑事局長
お答えいたします。
約三十年前の事件でございまして、かつ、その当時の交通事件に関する捜査というのは、今とはやや違いがあるような気もいたしまして、そのような不起訴処分というのが異例だったかどうかについて、私、今の知識や、あるいは一般的にもなかなか言い難いところではあるんですけれども、現状を申し上げれば、このような死傷事犯は重大な死傷事犯で、そのような形で早期に不起訴処分がなされるということはかなり少ないのではないかというのが印象でございます。
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