巌の体調の変化というのは、未決のときには大変元気でございまして、私たち、兄二人と私と三人で面会に行きましても、事件のことを次から次へと申しまして、大変元気でおりました。私たちは、ただうんうんうんと相づちを打つだけで三十分たってしまいます。それで、外へ出て、ああ、巌が元気でよかったねと言って、私たちの方が励まされていたんです、その当時は。
それが、死刑が確定して、死刑囚だけの房というかそういうところへ移りましたら、大変おとなしくなりました。それで、ひどいところにいると巌が言うものですから、兄が、そのひどいところにどのぐらいいるんだと言ったら、一月ぐらいいなきゃいかぬと思うと言っていたんです。
次に面会に私が行きましたら、さっきも申しましたように死刑があったということを言いまして、それ以後、電気を出すやつがいると言うんです。その辺から体調というか神経が参ってしまって、まあ、電気を出す人間なんていないですよ、それだけれども、本人は、かゆみの電波を出すとか痛みの電波を出すとかと言うんです。私は、最初、電気風呂があるからいいよと言っていたんです、のんきなもので。ところが、本人は真剣に考えておりまして、それからしばらくして、電気を出すやつがいて、何とかの看守が一生懸命今でも出しているとかと面会所で言うんですよ。
それからだんだん様子がおかしくなりまして、面会拒否が始まりました。面会拒否にも、ある方と一緒に面会に行きましたら、その方が、巌が元気なものですから、弁護士が何にもやっていないということを言ったんです。弁護士が頼りで頑張っている人間にそんなことを言うんじゃないと後で叱っておきましたが、それがきっかけかどうか分かりませんけれども、ともかく面会拒否が始まりました。
それで、一月後に私が一人で面会に行きましたら、本当に弁護士は何もやっていないのかと改めて念を押されました。だから、弁護士さんと仲が悪いからああいうことを言うけれども、弁護士さんは一生懸命やってくれているよということを言っていたんです。その当時、赤堀事件をちょうど静岡裁判所でやっておりましたので、赤堀さんの事件が済めばあんたの番だから、しばらく我慢して頑張りなと言って、うそも方便で本人にそう言っていたんです。それでも再審開始にならないということで、だんだんおかしくなりまして、面会拒否がずっと続きました。三年半続きました。
三年半、私は毎月面会に行きました。三年半たって、面会もできない、生きているのか死んでいるのか分からないんですよ、私には。それで、保坂先生にお願いして、無理にでも面会していたんです。そういうことをちょくちょくやっておりました。
だけれども、やはり、あんな中にいれば、そうおかしくなって当たり前だと思っております、私は。まともでいようという方が無理なんです。そういうことで、それ以来、妄想の世界に入っております。
16山山本大地(自民)
ありがとうございました。
済みません、もう少し聞きたいこともあったんですけれども、時間が参りましたので、これで終わらせていただきます。
ありがとうございました。
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17井井上英孝(維新)
次に、西村智奈美君。
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西村智奈美(中道)
衆議院議員の西村智奈美と申します。
今日は、三人の参考人の皆様、大変参考になる貴重な陳述をいただきまして、誠にありがとうございました。
私は、今回の再審法の改正に際して、超党派の議員連盟で作りました議員立法案の、今現在、筆頭提出者となっております。ここに至るまで国会もいろいろありました。先ほど来からお話がありましたように、四大冤罪事件があってもなお改正されなかった再審法によって、その後も多くの冤罪事件が生まれてしまった。これはやはり、唯一の立法機関である国会の不作為だったというふうに、私は、今立法府に身を置く一人として、強く反省をいたしております。
…
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- (上の発言)
19袴袴田ひで子政府参考人など
巌の体調の変化というのは、未決のときには大変元気でございまして、私たち、兄二人と私と三人で面会に行きましても、事件のことを次から次へと申しまして、大変元気でおりました。私たちは、ただうんうんうんと相づちを打つだけで三十分たってしまいます。それで、外へ出て、ああ、巌が元気でよかったねと言って、私たちの方が励まされていたんです、その当時は。
それが、死刑が確定して、死刑囚だけの房というかそういうところへ移りましたら、大変おとなしくなりました。それで、ひどいところにいると巌が言うものですから、兄が、そのひどいところにどのぐらいいるんだと言ったら、一月ぐらいいなきゃいかぬと思うと言っていたんです。
次に面会に私が行きましたら、さっきも申しましたように死刑があったということを言いまして、それ以後、電気を出すやつがいると言うんです。その辺から体調というか神経が参ってしまって、まあ、電気を出す人間なんていないですよ、それだけれども、本人は、かゆみの電波を出すとか痛みの電波を出すとかと言うんです。私は、最初、電気風呂があるからいいよと言っていたんです、のんきなもので。ところが、本人は真剣に考えておりまして、それからしばらくして、電気を出すやつがいて、何とかの看守が一生懸命今でも出しているとかと面会所で言うんですよ。
それからだんだん様子がおかしくなりまして、面会拒否が始まりました。面会拒否にも、ある方と一緒に面会に行きましたら、その方が、巌が元気なものですから、弁護士が何にもやっていないということを言ったんです。弁護士が頼りで頑張っている人間にそんなことを言うんじゃないと後で叱っておきましたが、それがきっかけかどうか分かりませんけれども、ともかく面会拒否が始まりました。
それで、一月後に私が一人で面会に行きましたら、本当に弁護士は何もやっていないのかと改めて念を押されました。だから、弁護士さんと仲が悪いからああいうことを言うけれども、弁護士さんは一生懸命やってくれているよということを言っていたんです。その当時、赤堀事件をちょうど静岡裁判所でやっておりましたので、赤堀さんの事件が済めばあんたの番だから、しばらく我慢して頑張りなと言って、うそも方便で本人にそう言っていたんです。それでも再審開始にならないということで、だんだんおかしくなりまして、面会拒否がずっと続きました。三年半続きました。
三年半、私は毎月面会に行きました。三年半たって、面会もできない、生きているのか死んでいるのか分からないんですよ、私には。それで、保坂先生にお願いして、無理にでも面会していたんです。そういうことをちょくちょくやっておりました。
だけれども、やはり、あんな中にいれば、そうおかしくなって当たり前だと思っております、私は。まともでいようという方が無理なんです。そういうことで、それ以来、妄想の世界に入っております。
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西村智奈美(中道)
ありがとうございます。
大変つらい期間のこともお話しくださって、感謝いたしております。
やはり、死刑執行というものに対する恐怖からそのような拘禁症状が強く出られて、そして今もなおその拘禁症状に苦しんでおられるということは、本当にもう取り返しのつかないことであったというふうに思っております。
今回、そういった、袴田巌さんのような、長期にわたってまさに無実のまま拘置所に留め置かれる、四十七年七か月かかったというお話もありましたけれども、今回の政府提出の再審法改正案で、本当に、今後、袴田さん、巌さんのような方が出てこないというふうに考えておられるかどうか…
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21袴袴田ひで子政府参考人など
私は、いないと思っております。いないというか、これでいい法律に直していただければ、そういう方はなくなるかと思っております。せめてもの願いでございます。そうあってほしいと思っております。実際にはあるかないか分かりませんが、私はない方に期待をしております。それは皆様にお任せしてありますので、期待しております、私は。大いに期待して、もう助けていただくのは国会議員の皆様しかございません。お助けいただきたいと思っております。ありがとうございます。
改正ということですので、私たちの期待どおりに、一〇〇%とは申しませんが、せめて八〇%ぐらいの期待はさせていただきたい…
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西村智奈美(中道)
ひで子さんからは、情報開示、それから検察官抗告、また目的外使用についてもいろいろと課題があるということをかねてから御指摘をいただいてまいりました。私たちの党のヒアリングにもお越しいただいて、そのようにお話を伺ってまいりました。
そこで、村山参考人にお話を伺いたいと思っております。
私は、今回の政府提出法改正案の中で、まだまだいろいろな課題があるというふうに思っております中で、今日、村山参考人は、証拠開示の課題について特に集中的にお話をくださいました。
今まで、再審開始が決定をされて、そして再審無罪がかち取られたケースの多くが、たまたま証拠が開示をさ…
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