どうもありがとうございます。
今お話があったように、憲法を常に意識しながら運用することは当たり前とはいっても、条文の中に書かれるということは非常に重要な意味を持っているということは間違いはないというふうに考えております。
その上で、やはり、警察や検察にとって一番の悩みは、先生が御指摘された政治的な表現、いわゆるデモ活動などについては、これは集団示威活動、示威行為として、表現の自由の中で長年保障されてきている行為でありますので、それとの関係性の中でこの法律をどのように考えるのかというのは、非常に悩ましい問題だというふうには思います。
ただ、そうなりますと、私の先ほど申し上げたような極端な事例というものに最終的には刑罰は収れんしてくるものだというふうに考えているわけでありまして、もし極端な事例というものが存在しないのであれば法律自体は不要ということになるかもしれませんけれども、私が承知しております他国における事例でありますとか、そういったようなものから見ますと、現に罰金ではありますけれども処罰されているケースというのは存在していて、それは言葉にすると非常に嫌悪感を感じるような行為というものが行われているということでありますので、それを処罰対象としてちゃんと運用していけば問題のないところではないか。
逆に、この法律ができれば、今は、外国の国旗に対して損壊をしないのは、外国国旗損壊罪が適用されるかもしれないという、そういったものがあるがゆえに抑制的になっていて、行為規範として外国に対する尊敬の念というものが維持されているということは考えられると思いますので、結果的には、行為規範として皆が抑制的に、悪質な行為をしないような社会になれば、私が冒頭申し上げたような共生社会の実現に資するのではないかというふうに考えておるところであります。
27志志田陽子武蔵野美術大学造形学部教授・学長補佐
御質問ありがとうございます。
おっしゃるとおり、精神的自由権に関して規制を及ぼすという場合には、特に高度な現実的、具体的必要性があることが必要であるということが、憲法学でも、また判例でも確認されているところと考えております。そこに照らした場合に、そもそも法令違憲の部分と、それから適用、運用において違憲になる部分と、それぞれについて御質問をいただきました。
そもそも違憲となる部分というのは、一方の価値観を持つ国民の不快感、嫌悪感といった感情を保護するということ。この部分は、憲法上、憲法二十一条だけではなく、十四条の信条という文言からしても、憲法違反とな…
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後藤祐一(中道)
先生方、ありがとうございました。
続きまして、これは江藤先生と野村先生にお伺いしたいと思いますが、今の関連で、江藤先生は、違憲の疑いがあり得る、しかも、それは警察が立件するかしないか判断するところで結構判断されるんじゃないかとか、そういうお話もございました。
今の観点からすると、運用に当たって、違憲にならないようにするために、取り締まる側がこういうことを守らなきゃいけないというところを少し説明いただけないでしょうか。
特に、国旗の損壊等に形式上当たるにしても、それが政治的表現だとか芸術的表現だとかに当たる場合というのは、三条での留意規定があるように…
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29江江藤隆之桃山学院大学副学長・法学部教授
御質問ありがとうございます。
適用するに当たって、裁判まで行ってしまうと、これは違憲の審査がかなりされ得ると考えております。ですから、そのような危険な、危険なといいますか、起訴等まで行くと危険ですので、恐らく警察、検察の段階で、これは外国国章損壊罪がそうなっている、そのように運用されているので私はそのように考えているわけですけれども、外国国旗等が損壊されても、一応話は聞くけれども立件しないという形になっております。
政治的な表現、芸術的な表現について、本法案の三条の規定は余り意味をなさないと考えておりまして、といいますのは、表現の自由に留意するのは当…
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- (上の発言)
30野野村修也中央大学法科大学院教授・弁護士
どうもありがとうございます。
今お話があったように、憲法を常に意識しながら運用することは当たり前とはいっても、条文の中に書かれるということは非常に重要な意味を持っているということは間違いはないというふうに考えております。
その上で、やはり、警察や検察にとって一番の悩みは、先生が御指摘された政治的な表現、いわゆるデモ活動などについては、これは集団示威活動、示威行為として、表現の自由の中で長年保障されてきている行為でありますので、それとの関係性の中でこの法律をどのように考えるのかというのは、非常に悩ましい問題だというふうには思います。
ただ、そうなりますと、私の先ほど申し上げたような極端な事例というものに最終的には刑罰は収れんしてくるものだというふうに考えているわけでありまして、もし極端な事例というものが存在しないのであれば法律自体は不要ということになるかもしれませんけれども、私が承知しております他国における事例でありますとか、そういったようなものから見ますと、現に罰金ではありますけれども処罰されているケースというのは存在していて、それは言葉にすると非常に嫌悪感を感じるような行為というものが行われているということでありますので、それを処罰対象としてちゃんと運用していけば問題のないところではないか。
逆に、この法律ができれば、今は、外国の国旗に対して損壊をしないのは、外国国旗損壊罪が適用されるかもしれないという、そういったものがあるがゆえに抑制的になっていて、行為規範として外国に対する尊敬の念というものが維持されているということは考えられると思いますので、結果的には、行為規範として皆が抑制的に、悪質な行為をしないような社会になれば、私が冒頭申し上げたような共生社会の実現に資するのではないかというふうに考えておるところであります。
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後藤祐一(中道)
ありがとうございました。
江藤先生からは、三条はこのままだと意味がちょっと薄いのではないか、むしろ、政治的表現、芸術的表現は処罰対象としないというぐらい書けば意味があるんじゃないかというお話がありました。そうなれば私もいいと思うんですが、そうならないでこのまま成立した場合には、やはり、この法律をどう運用するかということに関して、何らかの基準ですとか、警察がこれに基づいて行動するんだというものが必要だと私は思うんです。
どういった場合が構成要件に該当するのかしないのか、あるいは、どういった場合は違法性阻却がされるのかされないのか、そういったものを表現の…
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32江江藤隆之桃山学院大学副学長・法学部教授
御質問ありがとうございます。
私も、これは明確な基準ができればよい、萎縮も招きづらくなりますし、運用の予測が立ちますので、基準ができればよいと考えています。しかし、この法案というか、今回の問題点は、その基準を作ることができない、今基準を作れるところまでまだ議論が明確に定まっていないという点に問題があると思います。
一体どこまで処罰すべきなのか、どこまでが処罰されずにどこからが処罰されるべきなのかということのコンセンサスがまだうまく国民の間にも国民感情としてもできておらず、相当軽いものを処罰すべきだと考える方から、相当重いものしか処罰しないんだと考える…
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後藤祐一(中道)
だから、刑法を変えるときは法制審に回すんですよ。二十日後施行だと間に合わないと思いませんか。
江藤先生にもう一問。少し期日を遅らせて、法制審も含めて客観的に議論していただいて基準を作っていただくべきだと思いますが、いかがですか。
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