松本泉 (自由民主党)

2026年6月18日・第221回国会 衆議院 政治改革に関する特別委員会 第5号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 10 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 207 発言)

おはようございます。自由民主党・無所属の会の松本泉でございます。

ただいまの今岡植委員の質疑に関連をいたしまして、政治資金規正法の一部を改正する法律案等について質問をさせていただきます。

まず、質疑に入る前に、本日この場に立たせていただいていることについて、何よりも、地元であります千葉県柏市の皆様方、そして本委員会の先輩、同僚委員の皆様方に心よりの感謝を申し上げたいと思います。

私は、この度の総選挙の公約の四本柱の一つに、自民党改革を含む政治改革を掲げさせていただいています。古い政治を断ち切り、国民の皆様に信頼される新しい政治をつくっていく。お一人お一人の方の思いを政策に変えて実現し、日本を前に進めていくことで、国民の皆様の信頼を得られる政治を実現していく。本日は、こうした私の思いに共鳴をしてくださった多くの皆様方の御期待にお応えするべく、空気を読まず、また臆することなく、質問をさせていただきたいと思います。

私は、二〇二四年十月二十七日に行われました第五十回総選挙の投開票日の二十日前に、自民党の公認候補予定者であります支部長に公募で選ばれました。地盤、看板、かばんの三つどころか、事務所もビラもポスターも知名度も、本当に何にもない、そういった状態で、ただ日本をよくしたいという思いだけで総選挙に立候補しました。

当然、選挙はそう甘くはないわけでありまして、急な選挙の中で御支援をいただいた多くの方々の懸命の御努力にもかかわらず、先ほどの今岡委員と一緒に、仲よく落選をいたしました。そして、一年四か月に及ぶ浪人の生活が始まりました。落選翌日の朝から、毎日、三時台に起床し、四時過ぎには駅に立ち、昼間は靴底がすり減るまで地域を回って、夕方からまた駅に立つ。

当時の国民の皆様方の政治に対する不信、自民党に対する怒りにはすさまじいものがありました。三十分以上続く怒号、浴びせられる様々な罵声、唾を吐きかけられる、看板を蹴られるということも日常茶飯事でした。それでも、柏市民の皆様方のこうした怒りを受け止めることこそが地域の自民党の代表としての最大の役割だと考え、毎日私は駅に立ち続けました。

こうした苦しい浪人生活の中で、やはり最も困ったことの一つがお金でありました。私は元々経済産業省の役人を務めておりましたが、弁護士資格も持っておりましたことから、弁護士をやりながら政治活動を続けることにしました。ただ、やはり懐事情は非常に厳しい。そうした中で、君がそこまでやるならということで、地域の方々、その中には中小企業の社長の方なども多くいらっしゃいました、そうした方々が、私が次回の選挙で勝てるかは全く分からないにもかかわらず、何かの足しにしてよと言って寄附をしてくださいました。それがどれほどありがたかったかは、ここにいらっしゃる多くの先生方も恐らく御理解いただけるのではないかと思っております。そして、私には、そうした方々が何か見返りを求めているとは全く思えませんでした。

そこで、そもそもの本件の立法事実について、改めてお伺いをさせてください。

自民党の政治資金収支報告書の不記載問題が大きな政治不信を招いたことについては、私は、当時はまだ自民党の候補予定者ではありませんでしたが、一市民として、非常に大きな問題だと感じていました。そのため、「自民党をかえる。日本がかわる。」というスローガンを掲げ、自民党自らが率先して政治改革を推進し、正すべきは正していく必要があると党内で訴え続けてきました。

ただし、こうした不記載問題が直ちに企業・団体献金の禁止や規制の強化に結びつかないということは、昨年十二月に本委員会で中央大学の中北教授がおっしゃったとおりだと考えています。

なぜ今、企業・団体献金の禁止又は制限を行う必要があるのでしょうか。本件の立法事実について、衆法一号提出者、そして一四号提出者のそれぞれの方にお伺いできればと思います。

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