れいわ新選組、大島九州男でございます。
菅原公述人、私は発災当時、輿石さんから宮城県担当を言われて一番最初に入ったのが気仙沼。本当にあのときに、もうあの燃えた臭いと、魚の、いろいろなことを思い出しますよね。
本当に大変だったなと思うんですけど、ちょうど愛知県の不登校の子供たちが、町へ出て、そこで募金をしたやつを届けに行きたいというんで、気仙沼市役所にお届けに行ったことも思い出しますし、そしてまた、小野寺先生からいろいろ頼まれて、当時、冷蔵庫の中に入っていた魚がもう腐ってどうしようもなかったやつを何とか海洋投棄したいけれど、制度でいうと遠くまで行かなくちゃいけなかったんで、これを当時の防災担当大臣がうまく処理をしていただいて、私どもはそういったところで一緒にいろいろやらせてもらったり。
企業の関係でいうと、かわむらさんが、九月までに工場を再開しないとお客さんがいなくなって駄目なんだと言う。へえ、このときに、もう既に九月にそういうこともやらなきゃいけないのかと思って、隣の県の方に工場を造ってやった。その数年後に石巻にやっぱり工場ができたんです、立派な水産加工の。そのときに分かりました、かわむらさんが言っているのが。何でかといったら、本当にお客さんがいなくて、立派な工場も余り稼働しなかった。はあ、なるほどと、やっぱりそういう英断とスピードってすごい大事だなというふうな印象を気仙沼には持っておりまして、今日、公述人からいろいろお話を聞かせていただいて、あれからもう十四年という中でなかなか厳しい状況にあるんだなと。
当時、福島復興のために企業立地補助金というものを一気に積まなきゃいけなかったときがあったんですけど、これ全国版なんで、すごく問題があるということでどうしようかといったときに、警戒区域立地補助金にすりゃいいじゃないかというんで提案をしたら、津波地域も入れましょうといって警戒区域と津波地域の雇用促進の立地補助金というのを創設したんですね。あのとき、やっぱり気仙沼もそれは活用されましたか。
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岩渕友(共産)
ありがとうございます。
次に、西川公述人に伺います。
お米が高いという声が私のところにもたくさん寄せられるわけなんですよね。その価格が上がって、今、過去最高になっていると、一年前の二倍になっていると。だから、悲鳴が上がるのは当然だというふうに思うんです。
政府は、需要は減るというふうに見通していると。ただ、二〇二三年度から二四年の需要の実績は七百五万トンだと。これに対して収穫量は六百六十一万トンだと。で、二〇二四年から二五年にかけての需要見通しは六百七十四万トンということで、三十一万トン減るというふうにされているわけですよね。なんですけれども、例え…
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149西西川邦夫茨城大学准教授
御質問ありがとうございます。
その三十万トンですね、その見込みとして減っているというのは、これまでの経験則に基づいて農林水産省の方で三十万トン減るというふうにしたわけでありますけれども、そうですね、これはやっぱり非常に難しいんですけれども、いろんな小売データ等を見ていますと、結構価格が上がっても需要が強いなというのはちょっとやっぱり印象としては持っています。これは、やっぱり理由は私もよく分からないところなんですけれども、こうやって価格の高騰が起きて騒ぎがなると、逆に買うような動きもあるのかなというふうな気はしております。もしかしたら、なくなったら困るん…
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岩渕友(共産)
以上で終わります。ありがとうございました。
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- (上の発言)
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大島九州男(れいわ)
れいわ新選組、大島九州男でございます。
菅原公述人、私は発災当時、輿石さんから宮城県担当を言われて一番最初に入ったのが気仙沼。本当にあのときに、もうあの燃えた臭いと、魚の、いろいろなことを思い出しますよね。
本当に大変だったなと思うんですけど、ちょうど愛知県の不登校の子供たちが、町へ出て、そこで募金をしたやつを届けに行きたいというんで、気仙沼市役所にお届けに行ったことも思い出しますし、そしてまた、小野寺先生からいろいろ頼まれて、当時、冷蔵庫の中に入っていた魚がもう腐ってどうしようもなかったやつを何とか海洋投棄したいけれど、制度でいうと遠くまで行かなくちゃいけなかったんで、これを当時の防災担当大臣がうまく処理をしていただいて、私どもはそういったところで一緒にいろいろやらせてもらったり。
企業の関係でいうと、かわむらさんが、九月までに工場を再開しないとお客さんがいなくなって駄目なんだと言う。へえ、このときに、もう既に九月にそういうこともやらなきゃいけないのかと思って、隣の県の方に工場を造ってやった。その数年後に石巻にやっぱり工場ができたんです、立派な水産加工の。そのときに分かりました、かわむらさんが言っているのが。何でかといったら、本当にお客さんがいなくて、立派な工場も余り稼働しなかった。はあ、なるほどと、やっぱりそういう英断とスピードってすごい大事だなというふうな印象を気仙沼には持っておりまして、今日、公述人からいろいろお話を聞かせていただいて、あれからもう十四年という中でなかなか厳しい状況にあるんだなと。
当時、福島復興のために企業立地補助金というものを一気に積まなきゃいけなかったときがあったんですけど、これ全国版なんで、すごく問題があるということでどうしようかといったときに、警戒区域立地補助金にすりゃいいじゃないかというんで提案をしたら、津波地域も入れましょうといって警戒区域と津波地域の雇用促進の立地補助金というのを創設したんですね。あのとき、やっぱり気仙沼もそれは活用されましたか。
152菅菅原茂気仙沼市長
大変いいことを聞いていただきました。ありがとうございます。
復興特区だったわけですね。それは、地震があって、津波がなくても復興特区になったわけです。ですから、当初の段階で二百二十以上の自治体が復興特区になりました。となるとどうなるかというと、企業は津波が来ないところの特区に立地をすることになります。かえって津波や原子力災害の地域にとっては、マイナスと言ったら失礼ですけれども、逆効果になるということを政府の方に指摘をさせていただきました。その結果、先生がおっしゃった津波、原子力災害の地域における雇用を促進する補助金というのが出まして、もう既に最終締切りに…
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大島九州男(れいわ)
いや、だから、どう知恵出すかだったんですね。
あのときも、福島のここに出すということだった。今、全国のやつは何で福島だけなんだというふうになったんで、じゃ警戒区域だけに限定しようかといって、そうしたらもう全国の人は文句言わないから、その予算ここで使えるね。だから、今言った津波地域ということでの、なおかつ、またそこに雇用とくっつけてつくった。それが令和七年で終わりということであるならば、それの何か違うまた、味付けと今おっしゃった、だからそこはやっぱり知恵をどう出すかと。
だから、一律地方でいろんなことをやろうとすると、何かコンサルがつくったような、もう…
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154菅菅原茂気仙沼市長
地方創生推進交付金の今後のメニューのことに関わってくるのかなというふうに思っています。
そういう意味では、地方におけるやはり工夫が必要だと思っています。なかなか国からこれとこれということが、地方とかみ合うことだけではないと思いますので、これまで我々も十四年間、被災地なりの努力をさせていただいておりますので、そういうところから出てきた、こういうことにお金を使うと少なくても人口が減りづらくなって、交流人口、関係人口が増やせるんだというものについてテークアップしていただきたい。
それともう一つ、やっぱり、先ほどもちょっと申し上げましたが、外貨を稼ぐというと…
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