山下雄平 (自由民主党)

2025年3月14日・第217回国会 参議院 予算委員会 第7号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 28 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 231 発言)

是非、こうした非科学的な対応をそのまま続けさせるようなことはあってはならないというふうに思いますので、大臣も連携して、是非よろしくお願い申し上げたいというふうに思っています。

次に、公共投資について伺いたいというふうに思います。

先ほど申し上げたように、私は元々は新聞記者をしておりました。最後の担当は、野田佳彦総理大臣の下の官邸の担当でありました。野田総理は、社会保障と税の一体改革など、小沢一郎さんなどの反対がありながらも実現させたこと、私は非常に立派な総理だったというふうに考えております。

ただ、ちょっと気になることがありまして、野田代表が代表に復帰されるちょっと前なんですけれども、二〇二三年の十一月の予算委員会で、政府が公共事業をたくさん計上すると、むしろ物価を上げる可能性があるというふうに批判されました。つまり、物価が上がっているときに、物価高で困っているときに公共事業をたくさん積むべきじゃないというような質問をされました。

記者時代の話ばかりして大変申し訳ございませんが、私は、野党自民党の谷垣総裁の番記者から鳩山内閣の国土交通省の担当に配置換えになりました。当時は前原大臣でした。そのときに、谷垣総裁というのは国土交通大臣を三か月か、数か月担当されているので、その総裁室に国交省クラブに異動になりますというふうに挨拶に行ったときに谷垣総裁から言われたのは、君たちマスコミはコンクリートから人へというこの政策に拍手喝采ですごく絶賛しているけれども、本当にそうした政策をしていて、例えば、まあ当時は余り国土強靱化という言い方は余りされていませんでしたけれども、災害対応、防災対応であったり、はたまたそうした公共事業というのは地方にとってかなり大きな産業でありますので、そうしたものをいきなり急激に減らすことによって地方の経済がどうなるのかということを記者の曇りなき目で見て報道してほしいというふうに言われて、私は谷垣総裁の担当から国交省の記者クラブに異動しました。

で、予算が、そしてその翌年、一八%切られました。昭和五十三年のレベルに公共投資がなりました。私、昭和五十四年の生まれなので、私の人生を遡ったその前の年ぐらいまでの公共投資のレベルになって、そしてその後、菅内閣、野田内閣と減っていって、私は大変だなという記者時代に経験があります。

もちろん、物価は上昇して今大変皆さん困っていて、この物価上昇をどうするかというのは政策にとって大変大きな問題ですけれども、物価上昇時に公共事業を増やすとインフレを加速させてしまうおそれがあるという野田代表の批判のように、まだ他党の中には依然として公共事業を削減すべしというような意見がありますけれども、その点について石破総理のお考えをお聞かせください。

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