川嶋四郎同志社大学法学部法律学科教授

2025年6月3日・第217回国会 参議院 内閣委員会 第19号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 68 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 109 発言)

御質問どうもありがとうございます。

まず、ちょっと私よく分からないのは、国民がというふうにおっしゃられたんですけれども、例えば今回のこの法案に関しましても、私、幾つかの新聞が法案賛成という、そういう国民の声を取り上げているといいますか、新聞というメディアを通じて取り上げているというのは見たことはございますけれども、また逆に多くの新聞が反対というような国民の声を取り上げているわけでございます。したがいまして、私は私が考える国民の視点で物を申させていただいたということはまず御理解をいただきたいと思います。先生の場合には、先生のおっしゃる国民の視点に立っておっしゃっているというふうに私は理解をさせていただきました。その上で回答をさせていただきます。

まず、税金が投入されている。これ、私、物すごく大事なことであって、おっしゃるとおりこれは、説明責任を尽くして、おかしなことは絶対やっちゃいけないと、先ほど出てきました一円たりともということだと私は思っております。ただし、その説明責任の果たし方というのは多様であると私は考えております。例えば裁判所。裁判所にも、非常に司法予算少ないんですけれども、多額の税金が投入されております。会計検査院がきちんと検査をやっているということで、例えば個々の判決の内容であるとか国家賠償請求でどうだったとか、そんなことは一切評価はされないわけでございます。つまり、具体的な活動の内容についての評価ということは一切行われていないという形での公明正大な説明責任が、会計検査院、憲法に規定された会計検査院によって果たされているということでございます。

私は、学問の自由というものは、裁判所における裁判官の法と良心に基づいて活動するその活動、これまで日本が歴史的にようやく築いてきた司法権の独立、そして裁判官の独立というものを現在きちんと守って、あるいは守られているように、日本学術会議も、戦前の国家動員の不幸な歴史を踏まえて戦後新たにつくられ誕生し、崇高な前文が置かれ、そこには平和的復興という言葉が語られ、人類社会の福祉というこれまた崇高な使命が語られ、このような日本学術会議は、私は会計検査院がきちんと検査をしてくれればいいと。

それから、あともう一つ大事なことは、活動につきましては、先ほどもちょっと申し上げましたように、国民に審査をしてもらうというので私はいいと思います。これは、例えばオープンカフェでありシンポジウムであり、学術独自の国民の評価のしてもらい方というものもあるのではないかなと思います。つまり、独立行政法人が考えるような監事というような固い形ではなくて、もっとそれぞれの組織の個別具体的な特質に応じた説明責任の果たし方、そういうものを私は十分に実現できるんじゃないかなと考えております。

ありがとうございました。

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