上山隆大政策研究大学院大学客員教授

2025年6月3日・第217回国会 参議院 内閣委員会 第19号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 13 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 109 発言)

学術という言葉を英語に直したときには、適切な我が国のニュアンスと合致すると言えるものは余りないと思います。サイエンスと呼ぶのか、あるいはアカデミアと呼ぶのか、少し難しいところがあると思います。

我が国において学術という言葉が盛んに使われるようになった背景は、自然科学、人文・社会科学という垣根を越えた真摯な研究と知識の追求に携わる者たちの意識の総体として学術という言葉は使われるようになってきていると思います。

日本学術会議において、第一部、第二部、第三部と、それぞれの領域ごとの専門家が集まり、先ほどの少しお答えにもありましたけれども、決して専門知にとらわれることなく、社会に対してその専門知のあり得べき姿を問うていくということを旨として活動をされておられますから、それは学術という言葉を使って結構かと思います。

ただ、英語名としては、日本学術会議はサイエンスという言葉を使っておられます。サイエンスという言葉の中に人文・社会科学、とりわけヒューマニティーズを入れることができるかどうかというのは、諸外国においてはかなり大きな疑問を持たれると思います。サイエンスと言っている限りは、日本の学術が含むようなヒューマニティーズ、人文学ですね、これも含むようなものとして理解されているとは思いません。

具体的にも、例えばアカデミーと言われているものの中で、アメリカにおいてもアカデミー・オブ・サイエンス、これは、医学、工学含めたところを、自然科学系がありますが、同時に、人文・社会科学系とは別にアカデミーを構成をされております。イギリスの場合のロイヤルソサエティーも、これは主に、僅か二%ぐらいの人文系の学者がいますが、それ以外のところは別のアカデミーを構成をされております。

したがって、日本学術会議が学術という言葉において異なる専門知を一つの袋の中に入れるという方向性は、言葉として英訳されているサイエンスという言葉とも矛盾しますし、また、一般的に諸外国におけるアカデミーの捉え方とも異なっていると思います。本来であれば、やはり専門知の、これほど先鋭化されている専門知の区別ということであれば、人文系と自然科学系というのはどこか違う組織として動かしていくのが普通であろうと私は思います。

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