椎谷哲夫元東京新聞編集委員/皇學館大学特別招聘教授

2025年6月10日・第217回国会 衆議院 法務委員会 第21号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 101 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 146 発言)

見えない文化的な断絶ということで、非常に高尚な質問だったので、ちょっと私が答えられるかどうか分かりませんけれども、断絶といいますか、ちょっといいですか、私の持論を申し上げて。

アイデンティティーの問題は、アイデンティティーと言われると、それを否定することは全くできないし、私も、椎谷さんも持っていますよねとどなたかからさっきつけ足しで聞かれましたけれども、それは持っているに決まっていますよ。

ただ、では、夫婦別姓の夫婦の間に生まれた子供のアイデンティティーはどうやって育っていくのかという問題が私は非常に気になるんですね。その前に、では、夫婦別姓を選んだ人のアイデンティティーはどこから生まれたんですかと聞くと、それは、自分の家族、同姓の家族、同姓の子供たちと一緒に育んできて、生まれてきた。だから、その辺がちょっと余り整理されていないで、言葉だけがアイデンティティー、アイデンティティーと言われている気がして、ちょっと私は合点がいかないところがあるんですね。

そういう意味では、それは文化的な側面にもつながると思うんですけれども、文化的といいますか、日本人はちっちゃな子供をちゃんづけしますよね、君づけします。外国人はそんなことはしません。やはり子供を大事に大事にしてきたんですよ、日本人は。そういう意味では、選択的夫婦別姓なりこの問題を考えるときには、子供をどうするかという視点は絶対忘れてはいけないと思うんですね。

済みません、ちょっとお答えになっていないかもしれませんけれども、長くなるので、終わります。

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