藤原規眞 (立憲民主党)

2025年4月9日・第217回国会 衆議院 法務委員会 第9号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 41 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 286 発言)

立憲民主党・無所属の藤原規眞です。

本改正案の全体の方向性についてまず伺います。

日本の刑事訴訟は、当事者主義、検察官と弁護人、被疑者、被告人が訴訟進行の責任を負うという原則を基本としています。特に、刑事訴訟法二百五十六条六項の起訴状一本主義、これは日本が当事者主義を採用した証左だと多くの刑事訴訟法の基本書に書かれています。私も、恩師であり今は専修大学で教壇に立たれる加藤克佳教授にそのように教わっています。

当事者主義の内容を成すものとして、当事者対等主義、いわゆる武器対等の原則が導かれます。しかし、まず日本の現状は、取調べに弁護人の立会い権がないとか、いつ取調べが行われるか事前には分からないですとか、捜査段階では捜査記録は被疑者、弁護人に一切開示されないとか、あるいは、被疑者は起訴されて初めて検察官から裁判のための記録が開示されますが、これは検察官が裁判に使おうと思っている証拠だけで、証拠の全ては開示されない。それゆえ、武器対等にはほど遠いという批判がもとより強いわけですね。

加えて、本法律案は、全体の方向性として、電磁的記録による令状の発付や電磁的記録提供命令など、捜査機関の利便に資する多くの制度を創設する一方で、被疑者、被告人がオンラインで弁護人と接見したり、あるいは電子化された書類を授受する権利というのは認められていないなど、被疑者、被告人の防御権を著しく軽視されていると考えられます。それで、バランスを欠いているという声明が日弁連からも出されるに至っています。資料一です。

これは、いわば強豪球団が弱小球団から主力選手をFAで取ったような不公平感が少なくとも弁護側から見たらあるんですね、そこまでやるかと。先ほど森本局長が、被疑者、被告人の利便性も大幅に増したというふうにおっしゃっていたんですけれども、現場から見たら、これは戦力差が拡大したというふうにしか思えないわけです。

そこで、伺います。日弁連によるバランスを欠いたとする会長声明、それは、そもそもその捉え方に間違いがあると法務大臣は考えておられるんですかね。現状、十分公平だから、捜査側にメリットがある立法がされても問題はない、あるいは、捜査側と弁護側でバランスなど欠いても構わない、捜査側だけで利便性を享受できればいい、弁護側はせいぜい今の制度で頑張ってくれ、そういう趣旨と受け取っていいんでしょうか。

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