大森直樹東京学芸大学現職教員支援センター機構教授

2025年6月13日・第217回国会 衆議院 文部科学委員会 第16号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 60 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 76 発言)

御質問ありがとうございます。

私も、柔軟性であったり裁量という言葉はとても大切な言葉だなというふうに思っております。そのときに、柔軟性あるいは裁量性、言葉は一つでも、歴史の中でちょっと意味合いが異なっているのかなというふうに考えております。多くの人が思っている以上に、戦前にも実は柔軟性や裁量性も部分的にはございました。

例えば、授業時数ですと、週二十こまという形に決まっておりますから、これは大変分かりやすいですよね。年間千十五時間やりましょうと言われるよりも、二十こまやりましょうというとイメージがしやすいので、このときは教員も子供も、学校での学習というのは、教育というのはこういうことなんだということが理解されていて、それを把握した上で、じゃ、今日はちょっと校外に、遠足に行ってみようかとか、そういった裁量であったり柔軟性が実はございました。

これは戦後も同じでして、やはり一九八〇年代、九〇年代ぐらいまで、ちょっと細かな話になりますけれども、戦前の今ちょっと分かりやすい仕組みについてお話ししましたが、戦後も、年千十五こまという世界には入りましたけれども、実はこれ、三十五の倍数を使うことによって、全部の教科、領域、ずっと三十五の倍数で割り切れていました。だから、音楽七十と言われても、三十五で割れば二こまということで、このときは子供も先生も時間割りをしっかり把握。

私のような世代は、学校に行きますと、新学期に小さな時間割り表をもらいました。それに国語、算数、理科、社会と書いて、ランドセルにセルロイドの窓がついていて、一年間それで時間割りがもったんですけれども、今はもう三十五の倍数を崩してしまっていますので、音楽五十と言われてしまったら、今週は一こまだけれども来週は二こま、もう先生方はくるくるくるくる授業時数を変えることにお時間を使っています。

かつてあったような、シンプルなところがしっかりシンプルに決まっていて、その中で裁量性を発揮するという世界と、恐らく渋谷は、午前中、学習して、午後、活動的なこと、探求的なことをやるというのは、これも戦前の教育実践から続いているよいやり方を継承している意味のある実践だと思うんですが、恐らくそれをやるのに相当の苦労をされているのではないかな、そういうふうに考えております。

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