日野紗里亜 (国民民主党)

2025年4月16日・第217回国会 衆議院 文部科学委員会 第8号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 285 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 362 発言)

今の御答弁、ちょっと要約すると、これが成立すると六年間は抜本的な見直しが行われないのではないかなというやはり私の懸念が高まる一方ではありますが、ちょっと時間の都合もありますので、続きましての質問に移りたいと思います。

教員の処遇改善、今お伝えさせていただきましたこと、これは急務でございます。しかしながら、決して忘れてはいけないのは、お金を稼ぐためだけに先生になった人は一人もいないということです。ほとんどの先生は子供たちのために日々全力を尽くしてくださっています。だからこそ、単に給与を上げるだけでは子供たちにとっていい教育環境をつくることはできません。

今、学校の現場は、学校は、教育の場にとどまらず、子供たちの抱えるあらゆる課題、虐待や貧困、不登校、発達障害、医療的ケア、ヤングケアラー、外国人児童の対応など、家庭でも福祉でも地域でも支えることができない、そんな課題が学校の現場に押し寄せてきています。その結果、先生方の仕事はかつてとは比べ物にならないくらい複雑で、重く、幅広くなっています。

そうした現場の実情を制度をつくる側がしっかりと直視しなければならないと思いますが、大臣は、所信において、学校運営の改善に向けて学校の校長の判断で実行できることは多くある、そう述べられていました。しかし、現状ではこの学校長の判断、これに委ねられ過ぎているが余り、教員の業務が増え続けています。

私は小学生四人を育てていますが、子育てと教育には共通する側面があるというふうに思っています。というのも、子供のためという言葉は、往々にして全てを正当化する理由になりがちです。表現が悪いんですけれども、殺し文句なんですよね、子供のためという言葉は。母親だからそう思います。その結果、やるべきことが増える一方で、やらないことを決めるという視点が欠けてしまうのであります。

だからこそ、各学校長の判断に委ねてしまえば、この学校ではここまで対応するが、あの学校ではそこまでしない、そういった不公平が生じかねません。そのため、国として明確な指針を示し、不公平が生じない仕組みを整えることが私は必要と考えますが、そもそも、学校運営の改善に向けて校長の判断でできることとは、具体的にどのようなことでしょうか。大臣、お願いします。

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