吉川元 (立憲民主党)

2025年4月16日・第217回国会 衆議院 文部科学委員会 第8号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 4 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 362 発言)

立憲民主党の吉川元です。

今日はちょっと持ち時間が少ないので、大臣、簡潔に答弁をお願いしたいと思います。

給特法の前回の見直しの際に労基法と給特法のずれということを、前回の当委員会でも質問をいたしました。その際、あべ大臣、今回の改正でもこのずれは維持することにしたことについて、中教審で総合的に御審議いただいた結果、あるいは根本的な見直しの結果だ、こういうふうに答弁をされております。

一つ聞かせていただきたいんですが、学校教育法の中で校長がつかさどる校務であっても、給特法六条一項によって超勤命令が出せない、だからこれは残業代も出せないし、自主的、自発的な活動だ、これが給特法の仕組みとなっております。

しかし、一般の労働者に適用される労基法、労基法というのは、前回も申し上げましたが、全ての労働者に適用されるものであるわけですけれども、労働者が明示的な指示を受けていなくとも業務を遂行することが期待される状況は、黙示の指示として労働時間に該当し、残業代の支給対象になる。この黙示的な指示は給特法制定時にはなかった労基法の解釈ではないかというふうに私は思っております。

昨年八月の中教審答申では、教師の自主的で自律的な判断に基づく業務と校長等の管理職の指揮命令に基づく業務が混然一体となっている教師の業務は、これを正確に峻別することは極めて困難、こういうふうにしているわけですね。従来からの考え方の繰り返しです。

しかし、少なくとも、前回も質問させていただきましたが、所定の勤務時間後の採点や、あるいは生徒への進路指導、部活動指導、これは黙示の指示として簡単に、そして客観的に峻別可能なはずです。これについては、前回改正時、二〇一九年当時の大臣答弁でも黙示の指示という言葉が出てきておりますので、これは私は客観的な峻別は可能だと。

この観点からすると、中教審の言葉で言うと自主的、自律的、私は自主的、自発的だというふうにずっとそういう言葉だと思っていたんですが、いつの間にか自律的という言葉に変わっているんですが、自主的、自律的な業務と指揮命令に基づく業務の切り分けが不可能というこの論理というのは破綻をしているのではないでしょうか。

今回の改正は根本的な見直しの結果だと大臣は答弁しましたけれども、確実に峻別可能な黙示的な指示に基づく業務についてどのような検討を行ったのか、教えてください。

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