有志の会の北神圭朗です。
いろいろ聞いていますと、立法事実というのは、単純に過去に起きた事実しか認めないというような議論に若干違和感を感じています。具体的には、実際に国会が機能を発揮できないほどの選挙困難事態というのは本当にこれまであったのかねといった疑問が呈されています。
確かに、芦部教授によりますと、立法事実とは、法律の基礎を形成し、かつその合理性を支える一般的事実と定義づけられています。しかし、この一般的事実というのは、単に過去に生じた事実だと狭く捉えるものではないと思います。むしろ、科学的検証などにより、将来に生じ得る事態も含めた概念だと思います。そうでないと、まず繰延べ投票をやって、問題があればまた考えていいじゃないかといったような、一度痛い目に遭わなければ法律は一切できないことになってしまうからです。そんなことで、果たしてまともな危機対応ができるのでしょうか。
この点、橘法制局長の「立法学講義」という御著書にこう書かれています。立法事実とは、単なる生のデータではなく、そこから抽象的な事実を、仮定も置きながら、抽出、構成し、立法目的や立法手段の合理性を支えるものとして立案者において再構成された、理論的、そして価値観の入った規範的なものであるとし、そうでなければ、現に生じていない、予測された将来の事象に対応するような立法などは、そもそも立法事実がないということになってしまいかねないではないかと。
同様に、元早稲田大学教授の西原博史先生も、異常事態として、ある現実に着目するとき、それは徹頭徹尾規範的な決断であると、立法事実は単なる事実ではなく価値判断を加えた概念である旨述べています。
こうした観点から、選挙困難事態に関する立法事実については、地震学者が、今後三十年以内に七〇%から八〇%程度の確率で南海トラフ、首都直下型地震が起こり得るという予測を示している、そして、これらは東日本大地震の規模を上回る地震、津波の可能性が高いと警鐘を鳴らしています。
となれば、事実としては、東日本大震災で選挙ができなかったのは、確かに、国政ではなく自治体選挙が、被災県三県を中心に七か月間の期間でありました。しかし、立法事実を考える上で、今申し上げた地震学の知見を踏まえれば、将来については、自治体以外の国政の選挙についても、被災県三県を超える規模で七か月間以上延期され得るという抽象的な事実を抽出することができることは、決して飛躍ではないと私は思います。
実際、事務局の試算によりますと、南海トラフの場合は、先ほどあったように、衆議院総定数の二八・六%、首都直下型の場合は二三・九%が欠員になります。三割近くの欠員が出ることは、選挙の一体性はもとより、国会が憲法上求められる体制や機能も損なわれると考えるのは自然ではないでしょうか。
加えて、今後、新型コロナ感染を上回る感染症が蔓延するだろうという疫病学の予測もあります。台湾有事に関する専門家たちの予想もあります。これらを考慮に入れると、いよいよ立法事実があるということになるのではないでしょうか。
これに対して、いやいや、三割近く議員がいなくても、憲法第五十六条では、「両議院は、各々その総議員の三分の一以上の出席がなければ、議事を開き議決することができない。」と規定しているので、問題はないとの指摘があります。しかし、この条文は、あくまで国会の中の会議の定足数を規定するものであって、全体の国会の総定数のことを指したものではありません。これをもって、三分の一の議員さえいれば国会の体制として十分に役割を果たせると解釈するのはやや無理があります。
また、第四十三条を根拠に、被災地選出の国会議員がいなくても、その他の地域の議員が全国民の代表として十分被災地の声を届けられるという指摘もあります。確かに、全国民の代表の解釈として、議員は、一部の選挙民ではなく国民全体を代表するというのが通説です。しかし、今やこの学説においても、具体的な選挙民と議員の意思が一致する、合致することが重視されています。つまり、議員は、国民全体だけではなく、そこの具体的な選挙民の思いを反映することも、代表するんだという考え方が今や一般的です。
実際、地元選出の国会議員が被災地の地理や住民の文化、慣習をよく理解しているはずです。首長、自治体議員、地域の皆さんとの人脈や信頼関係もあります。有事の際にそういう議員がいるのといないのとでは、国会での議論あるいは内閣に対する要望内容なども大分私は変わっていくと思います。災害対策の内容も変わります。それが効果的に実行されるか否かにも大きく影響するでしょう。幾ら、被災地外の国会議員が理念的に全国民の代表だといっても、こうした役割を効果的に発揮するとはとても思えません。
以上、今後、被災地において三割程度の議員欠員が出ることは合理的に予想できる、そうした事態を避けなければ国会が機能を十分に発揮できないことを明らかにしたつもりであります。
そもそもの我々の提案の目的は、やはり、災害などの有事のときにはどうしても行政権が非常に権力を集中的に振る舞う可能性が高い、そういったときに立法府としてしっかりとこれを牽制する役割を果たさなければいけないという意味で、国会の機能を維持しなければいけないという考えであります。選挙困難事態の立法事実は、そういうことで明確にあると私は考えています。
なお、傍証になりますが、ドイツ、カナダ、イタリア、スウェーデン、ウクライナ等で、我々が提案しているような議員任期延長のための憲法規定が存在します。これらの国では、まさしく立法事実が認められていることでしょう。
そういう意味では、例えば憲法九条のように、何か世界から際立った独創的な主張をしているわけではないということを申し上げて、私の意見といたします。
24
枝野幸男(立憲)
次に、赤嶺政賢さん。
この発言のページ
25
赤嶺政賢(共産)
日本共産党の赤嶺政賢です。
私は、これまで、憲法について、国会がやるべきは、改憲の議論ではなく、憲法の原則と乖離した現実の政治を正す議論だと主張してきました。その中で、憲法審査会でも、憲法の上に日米安保条約地位協定があり、その下で沖縄県民の人権がじゅうりんされている問題を繰り返し取り上げてきました。他の委員からも、同性婚や選択的夫婦別姓や、貧困と格差、冤罪と再審法の問題などについて意見が出されてきました。国会は、こうした憲法と乖離した現実を正す議論こそやるべきであり、改憲につながる議論はやるべきではないと改めて申し上げておきます。
その上で、いわゆる…
この発言のページ
26
枝野幸男(立憲)
次に、北神圭朗さん。
この発言のページ
- (上の発言)
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北神圭朗政府参考人など
有志の会の北神圭朗です。
いろいろ聞いていますと、立法事実というのは、単純に過去に起きた事実しか認めないというような議論に若干違和感を感じています。具体的には、実際に国会が機能を発揮できないほどの選挙困難事態というのは本当にこれまであったのかねといった疑問が呈されています。
確かに、芦部教授によりますと、立法事実とは、法律の基礎を形成し、かつその合理性を支える一般的事実と定義づけられています。しかし、この一般的事実というのは、単に過去に生じた事実だと狭く捉えるものではないと思います。むしろ、科学的検証などにより、将来に生じ得る事態も含めた概念だと思います。そうでないと、まず繰延べ投票をやって、問題があればまた考えていいじゃないかといったような、一度痛い目に遭わなければ法律は一切できないことになってしまうからです。そんなことで、果たしてまともな危機対応ができるのでしょうか。
この点、橘法制局長の「立法学講義」という御著書にこう書かれています。立法事実とは、単なる生のデータではなく、そこから抽象的な事実を、仮定も置きながら、抽出、構成し、立法目的や立法手段の合理性を支えるものとして立案者において再構成された、理論的、そして価値観の入った規範的なものであるとし、そうでなければ、現に生じていない、予測された将来の事象に対応するような立法などは、そもそも立法事実がないということになってしまいかねないではないかと。
同様に、元早稲田大学教授の西原博史先生も、異常事態として、ある現実に着目するとき、それは徹頭徹尾規範的な決断であると、立法事実は単なる事実ではなく価値判断を加えた概念である旨述べています。
こうした観点から、選挙困難事態に関する立法事実については、地震学者が、今後三十年以内に七〇%から八〇%程度の確率で南海トラフ、首都直下型地震が起こり得るという予測を示している、そして、これらは東日本大地震の規模を上回る地震、津波の可能性が高いと警鐘を鳴らしています。
となれば、事実としては、東日本大震災で選挙ができなかったのは、確かに、国政ではなく自治体選挙が、被災県三県を中心に七か月間の期間でありました。しかし、立法事実を考える上で、今申し上げた地震学の知見を踏まえれば、将来については、自治体以外の国政の選挙についても、被災県三県を超える規模で七か月間以上延期され得るという抽象的な事実を抽出することができることは、決して飛躍ではないと私は思います。
実際、事務局の試算によりますと、南海トラフの場合は、先ほどあったように、衆議院総定数の二八・六%、首都直下型の場合は二三・九%が欠員になります。三割近くの欠員が出ることは、選挙の一体性はもとより、国会が憲法上求められる体制や機能も損なわれると考えるのは自然ではないでしょうか。
加えて、今後、新型コロナ感染を上回る感染症が蔓延するだろうという疫病学の予測もあります。台湾有事に関する専門家たちの予想もあります。これらを考慮に入れると、いよいよ立法事実があるということになるのではないでしょうか。
これに対して、いやいや、三割近く議員がいなくても、憲法第五十六条では、「両議院は、各々その総議員の三分の一以上の出席がなければ、議事を開き議決することができない。」と規定しているので、問題はないとの指摘があります。しかし、この条文は、あくまで国会の中の会議の定足数を規定するものであって、全体の国会の総定数のことを指したものではありません。これをもって、三分の一の議員さえいれば国会の体制として十分に役割を果たせると解釈するのはやや無理があります。
また、第四十三条を根拠に、被災地選出の国会議員がいなくても、その他の地域の議員が全国民の代表として十分被災地の声を届けられるという指摘もあります。確かに、全国民の代表の解釈として、議員は、一部の選挙民ではなく国民全体を代表するというのが通説です。しかし、今やこの学説においても、具体的な選挙民と議員の意思が一致する、合致することが重視されています。つまり、議員は、国民全体だけではなく、そこの具体的な選挙民の思いを反映することも、代表するんだという考え方が今や一般的です。
実際、地元選出の国会議員が被災地の地理や住民の文化、慣習をよく理解しているはずです。首長、自治体議員、地域の皆さんとの人脈や信頼関係もあります。有事の際にそういう議員がいるのといないのとでは、国会での議論あるいは内閣に対する要望内容なども大分私は変わっていくと思います。災害対策の内容も変わります。それが効果的に実行されるか否かにも大きく影響するでしょう。幾ら、被災地外の国会議員が理念的に全国民の代表だといっても、こうした役割を効果的に発揮するとはとても思えません。
以上、今後、被災地において三割程度の議員欠員が出ることは合理的に予想できる、そうした事態を避けなければ国会が機能を十分に発揮できないことを明らかにしたつもりであります。
そもそもの我々の提案の目的は、やはり、災害などの有事のときにはどうしても行政権が非常に権力を集中的に振る舞う可能性が高い、そういったときに立法府としてしっかりとこれを牽制する役割を果たさなければいけないという意味で、国会の機能を維持しなければいけないという考えであります。選挙困難事態の立法事実は、そういうことで明確にあると私は考えています。
なお、傍証になりますが、ドイツ、カナダ、イタリア、スウェーデン、ウクライナ等で、我々が提案しているような議員任期延長のための憲法規定が存在します。これらの国では、まさしく立法事実が認められていることでしょう。
そういう意味では、例えば憲法九条のように、何か世界から際立った独創的な主張をしているわけではないということを申し上げて、私の意見といたします。
28
枝野幸男(立憲)
次に、委員各位による発言に入りますが、その前に、ただいまの一巡の御発言の中で馬場さんと大石さんから私への御要望がございましたが、それにつきましては、船田代理そして野党筆頭と御相談の上、幹事会で後刻協議をいたします。
次に、大石委員からの質問に対し、船田委員、御回答できますか。
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29
船田元(自民)
先ほど大石委員から御質問のありました、選挙の一体性の要請はどこにあるのかということですが、御承知のように、憲法四十三条、「両議院は、全国民を代表する選挙された議員でこれを組織する。」と書いております。これは平たく解釈をすれば、やはり、全選挙区から選ばれる人が議員として存在をして、そしてそれが全国民を代表するということになるべきだと思っております。
もちろん、先ほど北神先生もちょっと御指摘がありましたように、一人の議員が全国民を代表するというふうにも解釈はできますけれども、現代のこの解釈の在り方としては、やはり全国民の代表という点では、選挙区を全て選ばれ…
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30
枝野幸男(立憲)
馬場さん、御回答されますか。
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