伊藤忠彦 (自由民主党)復興大臣

2024年12月23日・第216回国会 参議院 東日本大震災復興特別委員会 第3号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 168 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 191 発言)

大島先生にまず私が置かれていた状況を申し上げますと、その折は落選中だったんです。それで、そんなときではありましたけれども、私どもを指導してくれていた先生が、発災後、どうでしょう、二週間ぐらいして、実は我々を連れて現地に行こうということで連れていってもらいました。

行った場所はよく覚えておりますが、石巻、気仙沼、女川、ああいう場所を伺いました。本当に、大川小学校がまだ、そこに窓ガラス突き破って車がどおんと入っているような事態でもありましたし、我々が行ったときに、お一人方、子供さんが亡くなられて出てこられるようなこともありましたし、本当にこの未曽有の災害が発災したということを目の当たりにして、是非こうした皆さんが再び人生を取り戻せることができるようにしてさしあげることが、まずはとにかく、次、またバッジを付けることができたらやってみたいと思いますし、そうしたことに対して少しでも私がやれることがあればやってさしあげたいものだと思って現地を帰ってきたというのが私でございました。

ただ、思いは一緒とは申しませんが、しかし、ここにいる皆さんがこうして復興に関わる委員会に御出席の下にやっておられること、それがやっぱりとても大事なことであり、明日、いつ起こるか分からない、あの巨大な大震災のまた次のことがですね、例えば東海・東南海地震だとか起こるかもしれない、そのことを考えてみると、是非ここでまた、被災地の皆さんが一人でも良かったと思ってもらえるような世の中をつくり上げていきたいというのが私の今の気持ちでございます。

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顔写真の出典(Wikimedia Commons、4件)