はい。
復興大臣には、もう是非、原発やめろというふうに言っていただきたいと、そのことを強く求めて、質問を終わります。
2024年12月23日・第216回国会 参議院 東日本大震災復興特別委員会 第3号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 166 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 191 発言)
はい。
復興大臣には、もう是非、原発やめろというふうに言っていただきたいと、そのことを強く求めて、質問を終わります。
今答弁いただいたこの理念に沿って、とりわけ住民の生活となりわいの再建が行われていくということが非常に重要だと思うんですね。ところが、原発事故で被災をした方々の医療、介護の減免措置はもう今段階的に打ち切られて、被災者からも、そして自治体からも不安の声が上がっています。 農林水産業、これ痛め付けられているわけですよね。医師や看護師や教員なども足りていないんですよ。全国よりも早く人口減少が進んでいて、十代、二十代を始め女性の流出が全国一というような状況にもなっています。 イノベーション・コースト構想やF―REIなどが進んでいます。これ、否定するものではない…
原子力政策の在り方につきましては、先ほども申し上げましたが、エネルギー政策の中で判断をしていくものと考えておりますので、原子力は再生可能エネルギーとともに脱炭素電源として重要であり、安定供給の観点からも、安全性の確保を大前提に活用を進めていくということであると承知をしております。
おまとめください。
はい。
復興大臣には、もう是非、原発やめろというふうに言っていただきたいと、そのことを強く求めて、質問を終わります。
れいわ新選組、大島九州男でございます。
伊藤復興大臣、東日本大震災の発災当時、私ども、私は民主党にいたんですね。当時、副幹事長という役だったものですから、発災時にすぐ宮城の担当を輿石幹事長から言われて宮城に入りました。その後、輿石さんから、現実と制度の谷間を埋めてこいといって福島に担当替えになったんですね。そこで福島と宮城の被災地の違いというのを私は感じたんですけど、復興大臣は宮城県と福島県の被災地の一番大きな違いはどのようにお考えですか。
大島先生にまず私が置かれていた状況を申し上げますと、その折は落選中だったんです。それで、そんなときではありましたけれども、私どもを指導してくれていた先生が、発災後、どうでしょう、二週間ぐらいして、実は我々を連れて現地に行こうということで連れていってもらいました。 行った場所はよく覚えておりますが、石巻、気仙沼、女川、ああいう場所を伺いました。本当に、大川小学校がまだ、そこに窓ガラス突き破って車がどおんと入っているような事態でもありましたし、我々が行ったときに、お一人方、子供さんが亡くなられて出てこられるようなこともありましたし、本当にこの未曽有の災害が…
その思いは大事にしていただきたい。 私が感じたのは、宮城県、津波でもう多くの方が亡くなって、親族が亡くなったその方が言った言葉が、私は御遺体が上がっただけでも有り難いんですという言葉なんです。 福島県に行きました。福島県、当然お亡くなりになった方もいらっしゃいますけど、多くの方は何とおっしゃったかというと、東電にだまされたとか行政にだまされたなんですよ。この言葉を聞いて、ああ、天災と人災はこうも違うんだというのが私の率直な受取です。だから、十三年九か月、今たって、津波は、風化したとは言いませんよ、当然津波対策必要ですけど、今この復興でもいろいろ議論に…