これは、二〇一四年当時でありますけれども、私が議員会館にいたときに、ひょっこり学生が来られて、この報道の内容の話をしました。まさかインターネットに載るとは思いませんで、その後、琉球新報に載ってしまいましたけれども。
これは、正直な気持ちで、私も、沖縄の負担軽減ということで、負担とは何かというと、騒音とか土地の利用とか、様々に県民生活に影響を及ぼしていることが一つであります。
私は二〇〇一年に防衛庁長官に就任しましたけれども、このときは、負担軽減という意味におきましては、モンデール・橋本合意がありまして、キャンプ・シュワブ沖に普天間を移設しますというようなプランがありまして、それが辺野古のところに行って、そのときは移設協議会というものができて、そこからスタートしたんですけれども、少しでも負担軽減を図るということで、政府を挙げて沖縄の米軍基地の縮小、移転に努めておりました。
その後、嘉手納以南も全面的になくそうということでプランが進んでおりまして、前回も玉城知事とも各市町村長さんとも面談をいたしまして、現在の状況や御意向を聞きまして、一日も早く移設が進みますように努力しなければという思いでございます。
しかしながら、県外、国外という話がありましたが、実際、訓練の移転とか飛行機の移設とかはできましたが、基地自体を受け入れてくれる自治体がほとんどなかったわけであります。
そういう意味で、グアムの方へ移設するということで話もまとまりましたので、そういうことで、少しでも沖縄の基地の負担軽減、縮小のために全力を挙げていかなければならないと思っております。
31屋屋良朝博(立憲)
委員長、そして両大臣、よろしくお願いいたします。立憲民主党の屋良でございます。
所信の質疑ということで、これは石破総理もおっしゃっていたわけですけれども、沖縄の負担軽減を政府の重要な課題として取り組んでいただけるということを繰り返し所信で表明していただいているということでございます。
ここで、言葉の意味というか、負担軽減とはどういうことなのかということを、まずそもそも論で議論させていただきたいと思っております。
両大臣とも安全保障、防衛については大変精通なさっているお二人なので、そこのところ、そもそも論になりますけれども、負担とはどういうものなのか…
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中谷元(自民)防衛大臣
当時は朝鮮戦争の終わった後ということでございました。それまでの日本は、戦争に敗れまして米国の占領を受けるということで、米兵が全国各地に展開いたしまして、武装解除や戦後の政治の安定ということで寄与されていましたが、朝鮮戦争が始まりましたので、多くの米兵が朝鮮半島に行かれました。その後、終戦後、日本に帰ってきたわけでございますが、そういう意味では、基地をある程度集約し、また、米兵の目的も日本の安定統治から極東の平和、安定というような観点もありまして、沖縄の方に集約された部分がございます。
海兵隊などは、一番まとまったところに所在することが運用上便利である、…
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33屋屋良朝博(立憲)
政治的な状況よりも、軍事的な理由、その合理性を優先させたので沖縄に集約したんじゃないかというお考えを今述べられたと思います。
しかし、軍事が政治を優先することはほとんどあり得ないことだと思っております。なぜ最初に岐阜、山梨、静岡に駐留したのか。それは朝鮮半島を警戒したからであって、五〇年代の半ばはまだ朝鮮半島は不安定です。なぜ遠い沖縄に持ってきたのか、理由が全く分からない。アメリカの資料を読んでみると、それは本土における反対運動が強くなったから沖縄に移転させたんだということがはっきり書かれているわけです。
先ほど大臣がおっしゃったのは、あたかもアメリ…
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- (上の発言)
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中谷元(自民)防衛大臣
これは、二〇一四年当時でありますけれども、私が議員会館にいたときに、ひょっこり学生が来られて、この報道の内容の話をしました。まさかインターネットに載るとは思いませんで、その後、琉球新報に載ってしまいましたけれども。
これは、正直な気持ちで、私も、沖縄の負担軽減ということで、負担とは何かというと、騒音とか土地の利用とか、様々に県民生活に影響を及ぼしていることが一つであります。
私は二〇〇一年に防衛庁長官に就任しましたけれども、このときは、負担軽減という意味におきましては、モンデール・橋本合意がありまして、キャンプ・シュワブ沖に普天間を移設しますというようなプランがありまして、それが辺野古のところに行って、そのときは移設協議会というものができて、そこからスタートしたんですけれども、少しでも負担軽減を図るということで、政府を挙げて沖縄の米軍基地の縮小、移転に努めておりました。
その後、嘉手納以南も全面的になくそうということでプランが進んでおりまして、前回も玉城知事とも各市町村長さんとも面談をいたしまして、現在の状況や御意向を聞きまして、一日も早く移設が進みますように努力しなければという思いでございます。
しかしながら、県外、国外という話がありましたが、実際、訓練の移転とか飛行機の移設とかはできましたが、基地自体を受け入れてくれる自治体がほとんどなかったわけであります。
そういう意味で、グアムの方へ移設するということで話もまとまりましたので、そういうことで、少しでも沖縄の基地の負担軽減、縮小のために全力を挙げていかなければならないと思っております。
35屋屋良朝博(立憲)
ありがとうございます。ひょっこり現れた大学生のインタビューに正直に答えられたというお話で、まさに中谷大臣らしいなというふうに受け止めました。
今おっしゃったとおりだと思います。今、大臣は原稿なしでお話しになっていたので、そのとおりの御発言をされたのかな、真摯にお話しになられたなと私は受け止めましたけれども、政府がそこのところを表に出すというのは難しいとは思います。だって、自分のところに米軍基地を受け入れることをやる人はいないし、多分、それを受け入れたところで地元が反対するし、それを受け入れた政治家は落選するし、これは政治では大変重いことになるだろうな。…
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中谷元(自民)防衛大臣
計画によりますと、今後は、段階的に行われますけれども、四千人以上の海兵隊の要員が沖縄からグアムに移転することを日米間で確認しております。
せんだって沖縄に参りましてターナー四軍司令官に面会し、今後のことにつきましてもお話をいたしましたけれども、今後の計画については、米側において、厳しい安全保障環境の下に、インド太平洋地域における多様な事態に対応できる運用能力と体制の維持、確保を考慮しつつ検討を進められるということでございました。
事実、沖縄の海兵隊はこの地域の平和と安定のために寄与しているところでございまして、抑止力と対処力を維持していくことにおきま…
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37屋屋良朝博(立憲)
ありがとうございます。
資料三でお示ししたのは、GAO、アメリカの会計検査院の資料です。結構前のものですが、当時から二〇二四年にグアムへの移転が始まるというようなことが書かれていて、半分ぐらいは二〇二六年ぐらいまでに移転し、二〇二八年にはそれが完成するだろうというふうな見通しがアメリカ側の資料には出ているのです。それがさっぱり国内では見通しが示されていないという現状は、地元、返還を受ける側にとってみたら、先が見えない話で、その跡利用の予算確保もできなくて、非常に不親切であり不誠実だなと思っていますので、是非とも防衛省においては、その辺をしっかりと、地元…
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