説明が十分に国民の皆様の理解が深まっていないという前提に立って、何をするべきなのかということ、そのことを是非、政府には考えていただきたいと思います。
〔委員長退席、理事岡田直樹君着席〕
これまでの議論の中で、いわゆる旧十一宮家の方が皇籍に復帰をされるための養子の縁組のことについて、八十年もたってから皇籍に戻るということがどうなのかということの議論等も含めて様々な意見が出てきていること、私も承知いたしております。
先ほど、山谷先生からも御発言、触れていただきましたけれども、過去の百二十六代にわたる皇統を、歴史をひもといてみますと、山谷先生が御指摘をされた、いわゆる継体天皇、第二十六代継体天皇、このお方は第十五代の応神天皇の五世の孫であるということであり、在位を確認いたしますと、応神天皇が退位をされたのが西暦三一〇年、そして、継体天皇が御即位をされたのが五〇七年ということですから、百九十七年、時間がたっているわけであります。
その背景に一体何があったのかということについて、これはきちんと歴史を勉強をすればある程度の時代背景も含めて見えてくるわけでありますが、当時の国内情勢を踏まえた当時の関係者の方々の知恵を絞った対応であったというふうに考えておりますし、百九十七年経て即位をされた第二十六代継体天皇、御即位をされたのは今の大阪の樟葉であります。樟葉宮で御即位をされ、その後、今の行政区でいえば京田辺、さらには長岡京と都を移して、最終的に奈良県桜井市だったと思いますが、こちらに要は都を移されたのは数十年後ということでありますので、当然、その間の様々なあつれきや背景があって、その上でこうした流れができてきたということだと思いますし、この百二十六代の歴史を紡ぐ中で、英知を絞ってこの皇統を守り続けてこられてきたというこの事実、歴史自体を我々は重く受け止めなければいけないと思っております。
同時に、今回、この十一宮家ということで、伏見宮家、旧伏見宮家の御子孫に当たる方々が今回いわゆる対象ということでなっておりますけれども、こちら、長浜先生の方から御指摘ございましたとおり、北朝三代崇光天皇の流れをくんでいらっしゃるということですが、なぜこういった流れになったのかということを、これも調べてみますと、崇光天皇が当時、これは室町時代の初期でありますので、観応の擾乱といういわゆる内戦に巻き込まれて、そのときに、いわゆる譲位せざるを得ない状況になった、後光厳天皇に譲位をせざるを得なくなったということを受けて、その御子孫がいわゆる宮家として立家をされて、その後、現在に至っているという、こういうことでありまして、したがって、伏見宮家の創設に当たっても、そのときの様々な御苦労の中でそうした流れが、血脈が維持されてきているといったようなことであります。
こうした一つ一つの事実を正確に理解をすることが、今回の立法のいわゆる背景というものを国民の皆様に深く御理解いただくことに私はつながると思っております。その努力が政府には足りない、また立法府にも足りなかったという反省も踏まえて今後対応していかなければいけないんだろうと思っております。
その上で、具体的な今後の対応について御質問させていただきたいと思いますが、今回、養子縁組の仕組みをつくるということになりますが、この仕組みの具体化について、旧宮家御出身の男系男子が皇籍を御取得される際、その要件や人選の透明性をどのように確保していくのかということについてほとんど議論がなされておりません。
国民の皆様の理解や納得を得るための手続の方法についてどういった御検討をされているのかということについて、政府の御見解を求めます。
45
長浜博行(立憲)
現在、常陸宮様まで皇位継承順位が現行典範では確定しているんですから、今回は、余りに遅きに失した女性皇族の身分に関する改正だけを迅速に行い、その他の事項は、参議院が主導する新たな全体会議で国民の判断に寄与し得る充実した審議を行った後に結論を出そうではないか、そのことを御臨席の議長、副議長、そして委員会を取りまとめておられる松山委員長に申し上げて、質疑を終わらせていただきます。
どうもありがとうございました。
この発言のページ
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川合孝典(国民)
国民民主党・新緑風会の川合孝典です。
今回の皇室典範改正法のいわゆるお取りまとめに当たって、令和六年五月から二年以上にわたって衆参議長、副議長による全体会議、そうした長い議論の積み重ねを経てこの取りまとめをしていただきました関口議長、そして福山副議長の御労苦に心から感謝を申し上げたいと思います。
私ども国民民主党は、今回の皇室典範改正法、一案、二案と申しておりますが、女性の皇族方の御婚姻後のいわゆる皇籍の在り方、そして、皇族数の確保といったことを目的としたいわゆる旧十一宮家の男子の皆様の養子縁組の枠組みをつくるということ、一見相入れない二つの二案とい…
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木原稔(自民)内閣官房長官
まず、皇室典範の改正につきましては、全国民の代表によって構成をされております国会において、衆参両院正副議長の下で、立法府の総意として議論の取りまとめが行われました。その取りまとめを受けまして、政府としては、これに沿って忠実に法案を立案したものでございます。
国会の御審議において丁寧に説明を行うこと、当然でございます。今日もテレビの中継があったり、あるいは多くの報道、メディアなどが取り上げていただいておりますけれども、そういった機会を通じて多くの方に御理解いただけるように、これからも努めてまいりたいと思っております。
また、本法案を成立していただいた後…
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- (上の発言)
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川合孝典(国民)
説明が十分に国民の皆様の理解が深まっていないという前提に立って、何をするべきなのかということ、そのことを是非、政府には考えていただきたいと思います。
〔委員長退席、理事岡田直樹君着席〕
これまでの議論の中で、いわゆる旧十一宮家の方が皇籍に復帰をされるための養子の縁組のことについて、八十年もたってから皇籍に戻るということがどうなのかということの議論等も含めて様々な意見が出てきていること、私も承知いたしております。
先ほど、山谷先生からも御発言、触れていただきましたけれども、過去の百二十六代にわたる皇統を、歴史をひもといてみますと、山谷先生が御指摘をされた、いわゆる継体天皇、第二十六代継体天皇、このお方は第十五代の応神天皇の五世の孫であるということであり、在位を確認いたしますと、応神天皇が退位をされたのが西暦三一〇年、そして、継体天皇が御即位をされたのが五〇七年ということですから、百九十七年、時間がたっているわけであります。
その背景に一体何があったのかということについて、これはきちんと歴史を勉強をすればある程度の時代背景も含めて見えてくるわけでありますが、当時の国内情勢を踏まえた当時の関係者の方々の知恵を絞った対応であったというふうに考えておりますし、百九十七年経て即位をされた第二十六代継体天皇、御即位をされたのは今の大阪の樟葉であります。樟葉宮で御即位をされ、その後、今の行政区でいえば京田辺、さらには長岡京と都を移して、最終的に奈良県桜井市だったと思いますが、こちらに要は都を移されたのは数十年後ということでありますので、当然、その間の様々なあつれきや背景があって、その上でこうした流れができてきたということだと思いますし、この百二十六代の歴史を紡ぐ中で、英知を絞ってこの皇統を守り続けてこられてきたというこの事実、歴史自体を我々は重く受け止めなければいけないと思っております。
同時に、今回、この十一宮家ということで、伏見宮家、旧伏見宮家の御子孫に当たる方々が今回いわゆる対象ということでなっておりますけれども、こちら、長浜先生の方から御指摘ございましたとおり、北朝三代崇光天皇の流れをくんでいらっしゃるということですが、なぜこういった流れになったのかということを、これも調べてみますと、崇光天皇が当時、これは室町時代の初期でありますので、観応の擾乱といういわゆる内戦に巻き込まれて、そのときに、いわゆる譲位せざるを得ない状況になった、後光厳天皇に譲位をせざるを得なくなったということを受けて、その御子孫がいわゆる宮家として立家をされて、その後、現在に至っているという、こういうことでありまして、したがって、伏見宮家の創設に当たっても、そのときの様々な御苦労の中でそうした流れが、血脈が維持されてきているといったようなことであります。
こうした一つ一つの事実を正確に理解をすることが、今回の立法のいわゆる背景というものを国民の皆様に深く御理解いただくことに私はつながると思っております。その努力が政府には足りない、また立法府にも足りなかったという反省も踏まえて今後対応していかなければいけないんだろうと思っております。
その上で、具体的な今後の対応について御質問させていただきたいと思いますが、今回、養子縁組の仕組みをつくるということになりますが、この仕組みの具体化について、旧宮家御出身の男系男子が皇籍を御取得される際、その要件や人選の透明性をどのように確保していくのかということについてほとんど議論がなされておりません。
国民の皆様の理解や納得を得るための手続の方法についてどういった御検討をされているのかということについて、政府の御見解を求めます。
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木原稔(自民)内閣官房長官
まず、養子の対象ですけれども、改正後の皇室典範第三十八条第一項において、この法律による皇族男子であった者の嫡男系嫡出、嫡男系嫡出の子孫である現に皇族でない年齢十五年以上の男子であって、配偶者及び子がないものと規定をされております。また、同項によって養子縁組が成立するためには、皇族、衆議院及び参議院の議長及び副議長、内閣総理大臣、宮内庁長官並びに最高裁判所長官等の十人の議員で組織をされます皇室会議、その皇室会議の議を経るものとされております。
養子縁組の具体的な手続の詳細については、これはこの改正法案が成立した後に宮内庁の方でしっかりと検討をさせますけれ…
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川合孝典(国民)
ありがとうございます。
いわゆる要件については明確化をされているということでございますが、具体的な人選ということになったときに、その手続がどのように透明性が担保されているのかということ、このことについては国民の皆様が御理解、御納得いただけるような形というものを、細心の配慮を払わなければいけないと私は考えております。
無論、今官房長官が御説明いただきましたとおり、皇室会議で議論を行うということでありますが、そこに付される以前の段階から、プロセスが透明化をどうされているのかということ、このことが大切です。結論ありきで議論をするということではなく、国民の皆…
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木原稔(自民)内閣官房長官
今回の改正案ですが、皇族方の御婚姻や養子縁組に関するものでございます。つまり、事柄の性質上、私は、まずは静かにお守りすることが適切な場面もあるのではないかと、そのように考えているところでございます。
〔理事岡田直樹君退席、委員長着席〕
今後、今般の法律案が成立した場合には、まずは、施行に向けて、政省令の整備など万全の準備をしてまいります。その上で、施行後には改正法附則第六条の見直し規定を踏まえるとともに、また附帯決議の趣旨を尊重しつつ、立法府の御意思というものを尊重して適切に対応してまいりたいと考えております。
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