ありがとうございます。
皆様には、ハードスケジュールな現地調査、大変お疲れさまでございました。
国民の代表である国会議員が自ら現地に赴いて、現地の空気を感じて、現地の人たちに直接話を聞く、これはとても大変有意義なことだというふうに思っています。この成果や課題をしっかり今後の政策に生かしていく必要もあろうかというふうに思っております。また、詳細な報告書の作成から丁寧な報告までいただきましたことにも感謝を申し上げます。
私は、当選以来、この四年間、ODA関連の特別委員会に所属をさせていただいて、大臣がよくおっしゃる日本らしい顔の見えるODA、開発協力、この重要性について多くを学ばせていただきました。また、委員会では、会派を超えて日本のODAを更に発展させていくという共通の認識がおおむね共有されておることにも大変刺激を受けているところでございます。
我が国のODAは、単なるインフラ整備にとどまらず、人材育成や技術移転、制度構築まで、相手国に寄り添った支援を積み重ねてきており、その成果は、サプライチェーンの強靱化や多様化などを通じて日本自身の国益として確実に還元されていることを感じています。これはまさに、かつて麻生太郎総理大臣がおっしゃった、情けは人のためならず、この言葉を体現しているものだというふうに感じています。
顔の見える開発協力を体現し、日本の国際協力の在り方に決定的な影響を与えた民間外交の象徴としては、皆様方よく御承知の故中村哲医師の功績が挙げられます。アフガニスタンの大地で、百の診療所より一本の用水路をと唱え、現地の人々と共に汗を流して不毛の大地を緑に変えたその歩みは、技術移転や人間主導の開発という、まさに日本型ODAの理念そのものだと思います。中村医師が残された、現地の人々が自立し、生活を営めるようにするという精神は、日本のODAの根本理念になっているのではないでしょうか。
また、昨年六十周年を迎えたJICA海外協力隊も、こうした中村医師の精神とも通ずる顔の見える開発協力の最前線に立って、相手国の人々に最も近い場所で貢献してこられました。心から敬意を表しますとともに、私としても高く評価をしているところであります。
一方、地方に目を向けますと、先ほど大家団長からもこれは問題提起がございましたが、重要性に対する理解が十分に浸透しているとは言い難い状況にもあります。
実際に、私も地元で、海外に橋を造るなら地元に一本道路を通してくれろといったような厳しい声をいただくこともまた事実であります。国会における熱量とそうした地元とのギャップ、こうしたものに残念な思いがすると同時に、私自身、国会議員として、この国会の議論というものをしっかり地元にフィードバックできなかったことに対しても反省をするところであります。
また、報道等は、ODAが効果的に成果を上げている場合は余り報道されませんが、会計検査院などの指摘、例えば、ODA見返り資金、相手国が五十八億円放置であるとか、ODAの八百三十八億円、効果不十分、そうした負のイメージというものは大きい発信力で国民に直接に届きますが、先ほど申し上げたとおり、成果や果たしている効果というものはなかなか取り上げられにくいというような現実があります。
ODA原資が国民の税金である以上、この無駄遣いというのは決してあってはならないわけでありますけれども、成果だけを求めて投資先が偏ったり、ダイナミックさを失って新たなチャレンジに二の足を踏むということがあってはならないというふうに思っています。ODAを更に高みに引き上げていく、そして大きく予算を付けていく、そのためには、やはり国民の理解と後押しというのが絶対に必要だというふうに思っています。
外務省は、こうした対策として、ホームページ、SNS等を通じていろいろ広報していただいているということは十分に理解をしているわけでありますが、単に事業内容を紹介するだけではなくて、日本人大好きな共感とか物語、こうしたものを是非広報に取り入れていくべきではないかというふうに思うんです。私が申し上げたいのは、こうした琴線に触れる物語性というものを是非広報に取り入れていただきたい、これ二回も言いましたけれども、是非これをお願いしたいんです。
今回、第三班の皆さん方はトルコに行かれました。トルコといえば、かつてオスマン帝国時代に、一八九〇年、エルトゥールル号の事件というのがありました。和歌山の沖で座礁したこの軍艦を串本町の皆さん方が身を挺して守ったと、救助をされた、そうした物語というのが、一九八五年、イラン・イラク戦争下で取り残された二百名以上の邦人が、トルコ政府が手配した航空機によって、自国のトルコ人より優先して日本人を救出してくれたという、百年越しの恩返しとも言われるこうした感動の物語につながっているというわけであります。
さきに述べました故中村哲先生の歩みとか、こうした世界における日本人の果たした役割、そうした至宝、宝を是非ODAの発信に生かしていただきたいんです。ODAの現場から距離のある地方の有権者に対しても、なぜ日本が国際協力を行うのか、その積み重ねがどのように日本の安全や信頼、そして国益につながっているのかを実感して、共感していただけるようなナラティブ、物語を示していくべきだというふうに思います。
こうした私の思いというものを是非副大臣には、共感していただけるんであれば、共感していただけるんであれば、短くその心意気を是非伝えていただきたいと思いますし、さきに報告のあったこの調査団の報告書、これを今後どのように政策に反映していくのか、簡単にお伝えをいただければと思います。
以上です。
12
古川俊治(自民)
ありがとうございました。
次に、第四班の生稲晃子君にお願いいたします。生稲晃子君。
この発言のページ
13
生稲晃子(自民)
ODA調査派遣第四班について御報告いたします。
当班は、本年一月五日から一月十一日までの七日間、ジブチ共和国及びケニア共和国に派遣されました。
派遣議員は、青島健太議員、大津力議員、そして私、生稲晃子の三名です。
ジブチは、欧州とインド太平洋を結ぶ世界貿易の大動脈に位置し、我が国が派遣する自衛隊の活動拠点を受け入れるアフリカの角地域の安定的なパートナーであり、ケニアは東アフリカ地域最大のモンバサ港を擁するこの地域のゲートウエーです。
両国における調査の概要と、これを通じて得られた所見について申し上げます。
まず、ジブチにおける援助案件について申…
この発言のページ
14
古川俊治(自民)
ありがとうございました。
以上で意見の聴取は終わりました。
これより意見交換に入ります。
本日は、外務省から国光外務副大臣及び今福国際協力局長に、独立行政法人国際協力機構から田中理事長及び吉田理事に、それぞれ御同席をいただいております。
発言を希望される方は、挙手の上、委員長の指名を受けてから御発言ください。
発言者は、意見表明者、派遣団に参加された委員のほか、外務省、JICAに対し御回答を求めていただいても結構です。
なお、発言者には、その都度回答を求める方を明示していただくようにお願いいたします。
また、回答をされる方も、挙手の上、委員…
この発言のページ
- (上の発言)
15臼臼井正一(自民)
ありがとうございます。
皆様には、ハードスケジュールな現地調査、大変お疲れさまでございました。
国民の代表である国会議員が自ら現地に赴いて、現地の空気を感じて、現地の人たちに直接話を聞く、これはとても大変有意義なことだというふうに思っています。この成果や課題をしっかり今後の政策に生かしていく必要もあろうかというふうに思っております。また、詳細な報告書の作成から丁寧な報告までいただきましたことにも感謝を申し上げます。
私は、当選以来、この四年間、ODA関連の特別委員会に所属をさせていただいて、大臣がよくおっしゃる日本らしい顔の見えるODA、開発協力、この重要性について多くを学ばせていただきました。また、委員会では、会派を超えて日本のODAを更に発展させていくという共通の認識がおおむね共有されておることにも大変刺激を受けているところでございます。
我が国のODAは、単なるインフラ整備にとどまらず、人材育成や技術移転、制度構築まで、相手国に寄り添った支援を積み重ねてきており、その成果は、サプライチェーンの強靱化や多様化などを通じて日本自身の国益として確実に還元されていることを感じています。これはまさに、かつて麻生太郎総理大臣がおっしゃった、情けは人のためならず、この言葉を体現しているものだというふうに感じています。
顔の見える開発協力を体現し、日本の国際協力の在り方に決定的な影響を与えた民間外交の象徴としては、皆様方よく御承知の故中村哲医師の功績が挙げられます。アフガニスタンの大地で、百の診療所より一本の用水路をと唱え、現地の人々と共に汗を流して不毛の大地を緑に変えたその歩みは、技術移転や人間主導の開発という、まさに日本型ODAの理念そのものだと思います。中村医師が残された、現地の人々が自立し、生活を営めるようにするという精神は、日本のODAの根本理念になっているのではないでしょうか。
また、昨年六十周年を迎えたJICA海外協力隊も、こうした中村医師の精神とも通ずる顔の見える開発協力の最前線に立って、相手国の人々に最も近い場所で貢献してこられました。心から敬意を表しますとともに、私としても高く評価をしているところであります。
一方、地方に目を向けますと、先ほど大家団長からもこれは問題提起がございましたが、重要性に対する理解が十分に浸透しているとは言い難い状況にもあります。
実際に、私も地元で、海外に橋を造るなら地元に一本道路を通してくれろといったような厳しい声をいただくこともまた事実であります。国会における熱量とそうした地元とのギャップ、こうしたものに残念な思いがすると同時に、私自身、国会議員として、この国会の議論というものをしっかり地元にフィードバックできなかったことに対しても反省をするところであります。
また、報道等は、ODAが効果的に成果を上げている場合は余り報道されませんが、会計検査院などの指摘、例えば、ODA見返り資金、相手国が五十八億円放置であるとか、ODAの八百三十八億円、効果不十分、そうした負のイメージというものは大きい発信力で国民に直接に届きますが、先ほど申し上げたとおり、成果や果たしている効果というものはなかなか取り上げられにくいというような現実があります。
ODA原資が国民の税金である以上、この無駄遣いというのは決してあってはならないわけでありますけれども、成果だけを求めて投資先が偏ったり、ダイナミックさを失って新たなチャレンジに二の足を踏むということがあってはならないというふうに思っています。ODAを更に高みに引き上げていく、そして大きく予算を付けていく、そのためには、やはり国民の理解と後押しというのが絶対に必要だというふうに思っています。
外務省は、こうした対策として、ホームページ、SNS等を通じていろいろ広報していただいているということは十分に理解をしているわけでありますが、単に事業内容を紹介するだけではなくて、日本人大好きな共感とか物語、こうしたものを是非広報に取り入れていくべきではないかというふうに思うんです。私が申し上げたいのは、こうした琴線に触れる物語性というものを是非広報に取り入れていただきたい、これ二回も言いましたけれども、是非これをお願いしたいんです。
今回、第三班の皆さん方はトルコに行かれました。トルコといえば、かつてオスマン帝国時代に、一八九〇年、エルトゥールル号の事件というのがありました。和歌山の沖で座礁したこの軍艦を串本町の皆さん方が身を挺して守ったと、救助をされた、そうした物語というのが、一九八五年、イラン・イラク戦争下で取り残された二百名以上の邦人が、トルコ政府が手配した航空機によって、自国のトルコ人より優先して日本人を救出してくれたという、百年越しの恩返しとも言われるこうした感動の物語につながっているというわけであります。
さきに述べました故中村哲先生の歩みとか、こうした世界における日本人の果たした役割、そうした至宝、宝を是非ODAの発信に生かしていただきたいんです。ODAの現場から距離のある地方の有権者に対しても、なぜ日本が国際協力を行うのか、その積み重ねがどのように日本の安全や信頼、そして国益につながっているのかを実感して、共感していただけるようなナラティブ、物語を示していくべきだというふうに思います。
こうした私の思いというものを是非副大臣には、共感していただけるんであれば、共感していただけるんであれば、短くその心意気を是非伝えていただきたいと思いますし、さきに報告のあったこの調査団の報告書、これを今後どのように政策に反映していくのか、簡単にお伝えをいただければと思います。
以上です。
16
国光あやの(自民)外務副大臣
外務副大臣の国光でございます。
臼井委員、御質問ありがとうございます。また、四班の先生方、委員の先生方、本当にお疲れさまでございます。
臼井委員からすばらしい、物語、ナラティブをしっかり伝えていくべきだというお話がありました。実は、中村哲先生のお話も言及いただきましたが、個人的には、私も二十年前にアフガニスタンで、中村哲さんに憧れて、医学生のときに実際に現地に赴きまして井戸を掘ったことが今、政治に至る道ということもありまして、非常に御意見、感銘を受けてお伺いしたところでございます。
しっかりそのナラティブを日本人が本当に共感を持って受け止めていくと…
この発言のページ
17臼臼井正一(自民)
共感をいただいたというふうに受け止めます。是非、国民に刺さる、琴線に触れる、そうしたナラティブを交えた広報を是非行っていただきたいと思います。
派遣先でも、インドネシア、パラオ、非常に親日国もたくさんあって、特にパラオは電気や水道、そうしたものが現地の言葉として既に流通しているということもございます。ヤマダさんという姓の方もいっぱいいるというふうに聞いていますけれども、そうしたことを是非多くの国民に知っていただいて、是非国を挙げてODA、応援していこうではありませんか。
私も頑張っていくことをお誓い申し上げ、私からの発言といたします。
この発言のページ
18
古川俊治(自民)
古賀之士委員。
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