成瀬剛東京大学大学院法学政治学研究科教授

2026年6月25日・第221回国会 参議院 法務委員会 第18号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 3 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 115 発言)

おはようございます。東京大学の成瀬と申します。

本日は、参考人として意見を述べる機会を与えていただき、大変光栄に存じます。

私は、刑事訴訟法の研究、教育に従事していますが、以前から再審制度に関心を持ち、大学のゼミで再審制度の在り方について学生たちと議論し、その成果の一部を論文として公表してまいりました。

今回の法案に関しては、改正刑訴法に関する刑事手続の在り方協議会の構成員として再審制度の立法課題の整理に関与した後、法制審議会刑事法部会の調査審議に幹事として加わりました。

私は、これら二つの会議に参加する中で、再審事件の実情に触れ、再審請求審における不透明な運用や検察官による証拠の出し渋りが再審手続を不当に長期化させ、再審請求者等に多大な負担を強いてきたことを痛感いたしました。そこで、誤って有罪判決を受けた者を一日でも早く救済するという観点から、個々の裁判官や検察官の裁量に依存する属人的な運用を改め、再審制度を客観的な救済システムへと移行させる必要があると考えました。

再審請求審は、職権主義の下、裁判官が主体となって再審請求者の主張する再審請求理由の有無を審理、判断する手続です。私は、このような再審請求審の構造と理論的に整合する救済システムを構築し、裁判官、検察官、再審請求者、弁護人に対して明確な行動指針を提示することを目指しました。なぜなら、理論的整合性を欠き、行動指針の曖昧なシステムの下では、裁判官や手続関与者がどのように行動してよいか分からず、かえって再審実務が混乱し、誤判からの迅速な救済が妨げられるからです。

このような観点から見ますと、今回の法案は、再審制度を請求審の構造と整合する実効的な救済システムに改めるものと評価でき、全体として支持できると考えます。

以下では、本法案の中で中心的な検討課題とされてきた証拠提出命令制度と再審開始決定に対する検察官抗告の在り方について意見を申し上げます。

現行再審制度の最大の問題は、裁判所が審理に必要な証拠の提出を命じる権限について明文の規定が設けられておらず、個々の裁判官の裁量判断に委ねられていたため、その運用が不透明になり、検察官による証拠の出し渋りも招いて、必要な証拠が得られないまま、いたずらに審理が長期化するという点にありました。

今回の法案は、この状況を改めるため、裁判所は、再審請求理由に関連すると認められる証拠について、提出を受ける必要性と弊害の程度を考慮し、相当と認めるときは検察官に対し当該証拠の提出を命じなければならないとしています。裁判所は、この要件を満たす場合には提出命令の発令を義務付けられますので、迅速な審理が促されるとともに、証拠を管理する検察官は明確な範囲で提出を義務付けられますので、証拠の出し渋りを防止できるようになります。

冒頭で述べたように、再審請求審は再審請求理由の有無を審理、判断する手続ですので、提出命令の対象は、今回の法案のように、再審の請求の理由に関連すると認められる証拠とすることが理論的に一貫します。

ここで、再審の請求の理由に関連するとは、裁判所による再審請求理由についての判断に資するという意味であり、関連する証拠の範囲は審理の経過にも応じて相当の広がりを持つと考えています。

例えば、再審請求者が提出した新証拠によって確定判決を支える一部の旧証拠の証明力が減殺された場合には、他の旧証拠の証明力に関する証拠も再審請求理由に関連する証拠として提出命令の対象となり得ます。また、再審請求後に裁判所に新たに提出された証拠に基づいて再審請求者が再審請求理由を追加した場合には、その追加された再審請求理由に関する証拠についても提出命令の対象となり得ます。

このような関連する証拠の広がりについては法制審部会において具体的事例を用いたシミュレーションも行って確認しておりますので、本法案の証拠提出命令制度によって、審理に必要かつ十分な証拠が迅速に裁判所に提出されると考えています。

本法案によれば、裁判所は、証拠の提出を命じるか否かを判断する前提として、当該証拠そのものや裁判所の指定する範囲の標目一覧表を検察官に提示させ、インカメラ審理において確認することができます。これにより、検察官の恣意的な証拠の取捨選択を許さず、裁判所が提出を命じるべき証拠を迅速に特定することが可能となります。

なお、これまでの国会審議においては、このような裁判所に対する標目一覧表の提示に加えて、再審請求者等に対し、検察官の保管する全ての証拠の一覧表等を交付するよう求める意見が示されました。これは、再審請求者等が裁判所に対し証拠提出命令を請求する際の手掛かりとして活用しようとする趣旨と理解しています。

しかしながら、再審請求者等に対して再審請求理由と関連しない証拠も含めた全ての証拠の一覧表等を交付することは、職権主義の下、裁判官が主体となって再審請求理由の有無を審理するという再審請求審の手続構造や審理の在り方と理論的に整合しません。このような理論的整合性を欠く制度を再審請求審に取り込むことは、再審実務の安定的な運用を困難にすると思われます。

また、再審請求者等に全ての証拠の一覧表を交付すれば、再審請求者や弁護人が再審請求理由に関連する証拠という行動指針を見失い、多数の提出命令請求を繰り返すことも予想され、これに対応する裁判所の審理に遅延が生じて、かえって誤判からの迅速な救済を妨げてしまうおそれもあります。

これまでの国会審議では、本法案が創設する再審請求理由に関連する証拠の提出命令制度に加えて、裁判所が必要と考える証拠の提出を裁量的に命じる制度の創設を求める意見も示されました。

しかし、再審請求審はあくまで再審請求者の主張する再審請求理由の有無を審理、判断する手続ですから、裁判所が再審請求者の提出した新証拠やそれに基づく主張内容を離れて証拠の提出を命じることは、再審請求審の審理の在り方に沿うものとは言えません。

また、このような裁判所の裁量に全面的に依存する規定を設けることは、証拠の提出を命じる裁判官と提出を義務付けられる検察官のよるべき行動指針を曖昧にし、冒頭に述べた不透明な運用を継続させるおそれもあります。さらに、二つの証拠提出命令制度を同時に創設することは、同制度の使い分けの在り方という解決困難な課題を新たに生じさせることにもなります。

次に、今回の法案では、再審開始決定に対する検察官抗告は、例外的な場合にのみ認められるとされています。これは、再審開始決定に対する検察官の即時抗告が無罪となるべき者の救済を不必要に遅延させてきたとの批判を踏まえ、検察官抗告のより慎重かつ抑制的な運用を確保するための規律であると理解しています。

これに対して、これまでの国会審議においては、検察官抗告を全面的に禁止すべきであるという意見も示されています。その根底には一日も早い救済を求める切実な願いがあり、私も一人の人間としてその願いには深く共感するものです。

しかしながら、再審開始とは、一度は確定して、それを前提に社会が動いているところの有罪判決を見直すことを意味し、重大な効果を持ちますので、その判断の正しさに疑いの余地を残すものであってはなりません。

また、検察官抗告を全面的に禁止し、無罪を言い渡すべき明らかな証拠の存在に疑問の余地を残しながら再審公判に移行するとすれば、事実認定をめぐり、第一審を超えて上訴審へと争いが継続してしまう可能性も生じます。このような事態を避け、再審開始決定が無罪の確定という真の救済を迅速にもたらすものとなるためには、請求審段階で開始決定の正しさについて多層的な検証を経る必要がある事案も存在すると思われます。

以上の観点から見ますと、今回の法案が、検察官に即時抗告の余地を残しつつ、その要件として再審開始決定が覆される高度の蓋然性を裏付ける合理的な根拠を要求したことは、検察官に対して明確な行動指針を示すとともに、再審開始決定、ひいては最終的な無罪判断の確実性を高めるものとして支持できると考えます。

これで私の意見陳述を終わります。御清聴くださり、ありがとうございました。

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