近藤敦名城大学法学部教授

2026年5月21日・第221回国会 参議院 法務委員会 第10号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 83 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 96 発言)

まさにそうで、日本の今までの入管の議論は、その信頼保護の原則みたいなことがちょっと弱いんですね。多少、行政府の中でも、最初に認めるときと更新のときでやっぱり裁量が違うと。しかも、何回も繰り返すと、それはやっぱり認めていく。別の分野で、要するに、今大学でも非常勤講師を何年もしていくと、それは正規のものにしなきゃいけないので、でも、雇い止めで、そのマックスの年数で辞めると、裁判などではそれは違法みたいな判決も出たりするように、何度も更新されていくのは期待感として、次も何か特別なことがない限りは認められるというもので成り立っていると思うんですね、社会の安定とかそういうのです。

特に、子供が絡みますと、子供が日本語で教育を受けて、もうまた振出しに戻って、出身国の国籍国の言葉を覚えて、そこから勉強をやり直せというのは、子供にとっては余りにも過酷なことなので、これは、比例原則という言葉でも使われるんですが、その人にとって余りに不利益が大きくて、国家の利益というのと比べても個人が失う利益の方が大きいというふうに判断する場合、日本の裁判所でも下級審でそういうことを認めた判決もあるんですが、そういう比例原則とか信頼原則というのは法治国家としての必要なルールであって、その配慮を今後は生かしていく、こういう国会での議論もそういうことを反映していただければと思います。

以上です。

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