近藤敦名城大学法学部教授

2026年5月21日・第221回国会 参議院 法務委員会 第10号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 57 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 96 発言)

ヨーロッパの場合は、国民を育てるというよりも、ヨーロッパ市民を育てるというふうに、もうちょっと広がっているんですね。そういう、要するに市民社会を形成する多様な人が育つ必要があるので、狭い意味での伝統的な日本国民を育てるという、そういうものを少し変えなきゃいけない。本当は教育基本法自体を少し見直すと、先ほど出たように、外国人の児童生徒も本来の義務教育の対象というふうになることができるはずです。

そういう意味で、あるべき教育の理念というところももう少し広げて、要するに社会人を育てるという、そういうものを基本にするといいと思うんですが。

もう一つは、今度は子供ではなくて、大人の教育を結局してこなかったわけです。ボランティア頼みで日本語教育をしていた。これを、多少今は文科省がお金を出して、でも自治体が出さなきゃいけない部分も多くて、自治体が取り組んでいるところもあるし、取り組めていないところもあるし。

浜松市などは、六百時間ぐらいのものをやって、ドイツ並みの時間をやって、B1ぐらいのレベルまでやるコースを今年から始めていて、それをちゃんと国が支援する。もうちょっと国としてどういうメニューがあるかというのもいろいろ考える必要があるんですが、多様な教育の仕方、先ほどアセスメントというのもあったんですが、実は、フィンランドとかいろんな国はみんな同じ教育を受ける必要はなくて、それぞれのニーズに合った、言語レベルも違うでしょうから、その人に合った教育はこういうものだからこういうのを受けてくださいみたいなことを決めるんですね。

それと同じように、多様なメニューで、例えば、愛知県に行ったウクライナの人もしばらくしてから日本語が受けれますよと言われたんだけど、ある程度習っていると、最初のレベルのは易し過ぎて合わないから受けませんとか、そういうことがないように、割とその人のレベルに合ったようなものをうまくつくれる、そういう仕組みが要るんだろうと思うんですね。

そういう意味では、レベル別のそういう多様なメニューとその人に合ったような教育の仕方を工夫していく。それほどお金を掛けなくてもうまくやる方法というのも考えていく必要があると思うんですが、いずれにせよ、子供の教育はそれなりにしているんですが、ただ、第二言語としての日本語という科目がないんですね。先進諸国は大体それがあるんですね。そういう意味で、そういう専門教師を大学とかが養成しているんですが、日本はそれがないので、それを子供の教育ではまずつくる必要はあると思いますけど、大人の教育というのは今のところ全くないので、これから政府が取り組むと思うんですけど、そういうときに一つのメニューで一律だとうまく合わないので、多様なメニューをどう用意するかということを考えていただけたらと思います。

以上です。

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