鈴木大地 (自由民主党)

2026年4月16日・第221回国会 参議院 文教科学委員会 第5号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 10 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 244 発言)

ありがとうございます。

このいじめや暴力は絶対にいけないというこの教育の徹底に加えて、今ちょっと言及いただきましたけれど、この警察との連携ですね、しっかりと毅然とした対応を警察と取っていく、こういうことが、社会、そして子供たちに見せていくことで抑止力にこれがつながっていくんではないかというふうに考えておりますので、是非お願いしたいと思いますし、この文部科学省のリーダーシップを期待したいというふうに思います。

次に、ちょっと話題を変えますけれども、我が国の学校教育における水泳授業の在り方についてお伺いをいたします。

日本の学校におけますこの水泳の授業でございますが、これは単なる体育の一単元ではなくて、国民の命を守るという観点から重要な教育施策として位置付けられてきたという歴史的事実がございます。戦前、日本水泳連盟の前身であります日本水上競技連盟が掲げた国民皆泳という理念がございます、これはみんな泳ぐという意味ですけれども。この国民皆泳の理念には、水難事故から国民を救い、健康を増進するという極めて崇高な目的がございました。

昭和十三年には、このラジオ体操の水泳版とも言える国民皆泳の日が全国で一斉に開催をされまして、川や海、湖で子供たちが一斉に泳ぎました。全国津々浦々で夏季になれば水に親しみ、泳ぐ力を身に付けるといった流れができたわけでございます。この歩みは、皮肉にも悲劇によって加速されることになります。

昭和三十年五月、宇高連絡船紫雲丸の沈没事故で修学旅行中の児童が百六十八名犠牲となりました。その僅か二か月後には、三重県の方の橋北中学校というところで水泳訓練中に女子生徒が三十六名溺死するという、痛ましくも凄惨な水難事故が相次いで起こったわけであります。当時の松村謙三文部大臣が二度とこのような惨事を繰り返さないということを誓いまして、それを一つの契機として、我が国では学校プールの設置が国家施策として強力に推進されたわけであります。この世界に類を見ない充実した水泳教育環境は、先人たちのこの血のにじむような努力と、子供たちの命を守り抜くんだというこの国家の執念が生み出した財産であります。

大臣、まずこの基本認識を伺います。

命を守るスポーツとしてのこの学校水泳の歴史的重みをどのように受け止められておられるか。近年、施設の取壊しとか老朽化、あるいは教員の負担増を理由に、学校体育における水泳実技を縮小する、あるいは断念する動きというものがあります。あるいはこの地域格差によって不公平な事実がございます。文部科学省としてこの水泳授業の意義をどのように考えられておられますでしょうか。御見解をお伺いします。

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