伊勢崎賢治 (れいわ新選組)

2026年5月12日・第221回国会 参議院 内閣委員会 第6号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 127 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 174 発言)

まさにその閣僚、つまり政治家なんですよね。政治レベルのチェック、これが多分、僕が問題にしたいことなんですね。

インテリジェンスの客観性というのは定義しやすいんですけれども、常識的には、政治とか組織、若しくは個人の利害からの独立、インテリジェンスの独立を指すと僕は理解しております。政治というのは、皆さん御存じのように、皆さん政治家ですから、脅威とか最悪な想定、最悪想定を好みます、我々はね。だから、その濫用をいかにコントロールするか、これに懸かっているわけですね、客観性というのはですね。

今、分離という言葉をお聞きしました。それについて更に進めたいと思います。この収集機能と分析、評価機能の分離であります。

政府は、国家情報局が各省庁から情報を集約し、総合的な分析、評価を行う司令塔になると説明しております。おっしゃるとおり、現状、今ある既存のシステムでも、情報の収集はまさに主に各省庁が行い、内調が集約、分析を行うという形式上の分離は存在いたします。しかし、私がここで懸念するのは、この法案によって創設させる強力な司令塔がその関係性を一変させて、かえって機能的な独立性を損なう危険性であります。

歴史を振り返れば、最近ですけれども、イラク戦争というインテリジェンス史上語り継がれる苦い経験があります。このケースは、単に情報の収集担当者のバイアスの問題ではないです。むしろ開戦、つまり戦争をやるという政治的な結論が先にあって、その結論を補強するためにインテリジェンスの分析、評価部門が収集部門に特定の情報を要求し、集められた情報がゆがめられて解釈された。まさにこれはインテリジェンスの政治化、これが問題なわけであります。

このような、あってはならないインテリジェンスと政治の暴走を防ぐために、インテリジェンス業界である意味、鉄則のように語られているのがこの分離の話であります。分析部門と収集部門の分離であります。それと、政治からの独立性であります。

そこで伺います。

今回の法案で従来の内調よりも格段に強力な権限を持つこの国家情報局が司令塔となった場合、特定の政治判断や予断に基づき、各省庁の、各省庁の収集活動まで過度に干渉する、あるいは司令塔の意向に沿った情報を収集するように誘導する、こういうリスクは本当にないのかということであります。

本法案において、この収集と分析、評価の機能的な独立を現状のこの内調のシステムの制度よりも後退させることなくいかに制度として担保するのか、具体的にお伺いできれば幸いです。どうぞ。

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