志摩恭臣徳島弁護士会合区問題PT座長/弁護士

2026年4月15日・第221回国会 参議院 憲法審査会 第1号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 38 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 86 発言)

今の平井知事のお話を受けて、私も徳島、高知のこと少しお話しいたしますと、明治の初期の頃は、実は一度だけ徳島と高知、合併したことがございました。それは、高知県に徳島県が吸収されました。高知県庁があり、それの支部として、徳島に高知県庁の支部が置かれ、数年だったと思いますけれども、吸収されたことございます。

今の都道府県の原型ができたのは、明治二十一年に香川県が愛媛県から独立して、それで今の原型ができているわけなんですけれども、四国四県につきましても、やはり利害関係は非常に、四国は一つと言いながら、やはりいろんな利害関係はあると。私が知る限りでは、一番それが大きかったのはオイルショック、昭和四十年代終わりの頃、本四架橋と早明浦ダムの設置のときにやはり駆け引きがあったようには聞いています。余談ですのでそれぐらいにさせていただいて。

合区に対して徳島と高知どういう弊害があるのかで私が一番印象に残っているのは、徳島弁護士会の先輩の弁護士が参議院議員選挙に出たことがございますけれども、その際、徳島から出た場合に、やはり高知の選挙民に対してはなかなか名前が浸透しない。また、同じ県内であれば、どこの出身ですか、例えば何とか市です、何とか町ですで分かるんだけれども、高知でその話をしても徳島出身の候補者のことを理解してくれないというところで、やはり徳島と高知、もう今としては歴史的、文化的、社会的、経済的にも独立したものですから、なかなか浸透ができないというのが一番印象的でした。

以上です。

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